薄羽蜉蝣
水の中の、佐奈の手が震える。
父の罪は、ただ幼子を殺しただけではない。
ひいてはその家族全員を死に追いやったのだ。
「あたしゃ若い時分に伊勢屋に奉公に行っててね。そこで与之さんに会ったのさ」
「えっ」
いきなりなことに、佐奈は勢いよく顔を上げた。
お駒はちょっと周りを見回し、誰もいないのを確かめてから、少し声を潜めて言った。
「与之さんは、まだほんの幼子さ。おせんぐらいだったかね。お父上に連れられて、伊勢屋によく来てたんだ」
「お父上と……」
「お父上は不浄役人さ。でも気さくな人でね、町人とお侍なのに、伊勢屋の旦那とは凄く仲が良かったんだ。よく碁を打ってたから、その辺りの繋がりじゃないかね。ところが与之さんの父上は、いきなりお役御免の改易っていう目に遭ったんだ」
「えっ、どうして」
「詳しいことはわからないよ。不浄役人なんざ町人には嫌われるもんだが、新宮様に関しては、絶大な信頼があったんだ。けどそれが、他の役人には面白くなかったのかも。特に袖の下を平気で受け取るような役人には、邪魔でしょうがないだろうよ。まぁ、私たちのあずかり知らぬ奉行所の中でのごたごたで、失脚させられたんだね。それからだね、長屋暮らしになったのは」
初めはもうちょっとマシな長屋にいたらしい。
だがいきなり浪人になっても、すぐに仕事の口があるわけでもない。
元々侍の仕事は難しい。
侍である誇りが邪魔をして、何でもやる、という気になれないのだ。
「初めはね、それこそ伊勢屋さんが、何くれと面倒見たりしてたんだよ。ところが浪人になって程なく、お父上は夜道で斬られて死んじまった」
「辻斬りですか?」
「ということで片付けられたね。でもあれは、奉行所を追われる前に何かを掴んでて、その口封じだったんじゃないかと思う。上の者に関する何かの証拠を掴んだ、とか伊勢屋の旦那に相談してるのを聞いたよ。きっとそれを知った者が、役目を解いた上で消したんだろう。役人のまま死んだら、もみ消すのが難しいのかもしれないね」
父の罪は、ただ幼子を殺しただけではない。
ひいてはその家族全員を死に追いやったのだ。
「あたしゃ若い時分に伊勢屋に奉公に行っててね。そこで与之さんに会ったのさ」
「えっ」
いきなりなことに、佐奈は勢いよく顔を上げた。
お駒はちょっと周りを見回し、誰もいないのを確かめてから、少し声を潜めて言った。
「与之さんは、まだほんの幼子さ。おせんぐらいだったかね。お父上に連れられて、伊勢屋によく来てたんだ」
「お父上と……」
「お父上は不浄役人さ。でも気さくな人でね、町人とお侍なのに、伊勢屋の旦那とは凄く仲が良かったんだ。よく碁を打ってたから、その辺りの繋がりじゃないかね。ところが与之さんの父上は、いきなりお役御免の改易っていう目に遭ったんだ」
「えっ、どうして」
「詳しいことはわからないよ。不浄役人なんざ町人には嫌われるもんだが、新宮様に関しては、絶大な信頼があったんだ。けどそれが、他の役人には面白くなかったのかも。特に袖の下を平気で受け取るような役人には、邪魔でしょうがないだろうよ。まぁ、私たちのあずかり知らぬ奉行所の中でのごたごたで、失脚させられたんだね。それからだね、長屋暮らしになったのは」
初めはもうちょっとマシな長屋にいたらしい。
だがいきなり浪人になっても、すぐに仕事の口があるわけでもない。
元々侍の仕事は難しい。
侍である誇りが邪魔をして、何でもやる、という気になれないのだ。
「初めはね、それこそ伊勢屋さんが、何くれと面倒見たりしてたんだよ。ところが浪人になって程なく、お父上は夜道で斬られて死んじまった」
「辻斬りですか?」
「ということで片付けられたね。でもあれは、奉行所を追われる前に何かを掴んでて、その口封じだったんじゃないかと思う。上の者に関する何かの証拠を掴んだ、とか伊勢屋の旦那に相談してるのを聞いたよ。きっとそれを知った者が、役目を解いた上で消したんだろう。役人のまま死んだら、もみ消すのが難しいのかもしれないね」