薄羽蜉蝣
 その夜、佐奈の部屋にお駒が訪ねて来た。

「どうしたんです? こんな夜に」

 訝しげに言った佐奈は、ぎょっとした。
 お駒の後ろに、昼間のいかつい親父がいたのだ。

「あっ! あの、昼間のことでしたら、本当にすみませんでした!」

 てっきり怒鳴り込んできたのだと思い、佐奈は急いで頭を下げた。
 が、お駒が素早く佐奈の口を押さえつける。

「しーっ。隣近所に聞こえたら厄介だ。静かに頼むよ」

 何が何やらわからないまま頷くと、お駒は後ろの親父を土間に入れ、さっと障子を閉めた。

「お邪魔するよ」

 お駒はさっさと部屋に上がり、親父も促す。
 親父は佐奈にぺこりと頭を下げた。

 見てくれがいかついので恐ろしかったが、どうやら怒鳴り込んできたわけではないようだ。
 おずおずと、佐奈も部屋に上がった。

「この人は昔の知り合いでね。今は料理屋の親父だが、前に話したろ、昔、与之さんのおとっつぁんの下で働いてた人だ」

 確か与之介の父親は不浄役人だった。
 ということは、岡っ引きか。
 だから眼光が鋭かったのか。

「新宮の旦那がよく伊勢屋に入り浸っておりましたので、有事の際にはよくお駒さんに取次ぎを頼んだんでさぁ」

「そうだったんですか」

 与之介がいなくなってから、彼のことが次々わかる。
 だがそれを与之介本人から聞くわけではないことに、佐奈は一抹の寂しさを覚えた。

「あっしは不当に殺られた旦那の分も、倅の新宮様にお仕えしてきたんでさぁ。殺られた旦那のことを、口惜しく思ってるお人もいるんでやすよ。そういった上の方から仕事を受けて、新宮様に繋いでるんです」

 それはおそらく、公にできない類の仕事だろう。
 与之介の、あの技を見ればわかる。
 刀の扱いに不慣れな者のはずがないのだ。
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