薄羽蜉蝣
「新宮様には、白州に引き出せねぇ者の始末をお願いしてるんでさ」

「お佐奈ちゃんのおとっつぁんのような者かい」

 お駒が言うと、親父は少し複雑な顔をした。

「まぁ……。当時玄八はすっかり足を洗っちまって、いまさら捕まえようもなかったしな。けど伊勢屋の恨みは何年経っても変わらねぇ。そういう者のためでもあり、もっとでかい……証拠なんざ握り潰しちまえる者の始末を頼むこともある」

「でも、与之さんの刀には、血曇り一つなかったですよ」

 佐奈の言葉に、親父は、おや、と顔を上げた。
 そして、佐奈を真っ直ぐに見た。

「新宮様の操る殺人剣は、てめぇの刀では斬らねぇ。相手の刀を弾いて、それでとどめを刺すのさ。どこぞの流派の奥義だとか。新宮様に狙われた輩は、てめぇの得物を脳天にぶっ刺して死ぬことになる。恐ろしい技さね」

 うげ、とお駒が顔をしかめる。

「新宮様は、悪党を斬ることには露ほどの慈悲もなけりゃ、躊躇いも後悔もねぇ。お父上が、そういう輩に殺られてんだ。ただ殺られたんじゃねぇ、家を改易した上での暗殺だ。徹底的に新宮家を潰しにかかったのさ」

「よほどの大物だったんだね。その、与之さんのお家を潰した奴ってのは」

「そうさな。ま、それについてはいいさ。あっしがここまで新宮様のことを話すのは、その娘さんに新宮様のことを知って欲しいからさ」

 抜け目ない岡っ引きの目で見られ、佐奈は少し身構えた。
 じ、としばらく佐奈を見、親父は次いで、部屋の中を見回した。

「実は新宮様に、新しい部屋を頼まれてるんだ。この長屋を出るつもりだぜ」

 え、と佐奈もお駒も驚いて親父を見た。

「何でだよ? 与之さんの事情を知ってるのは私たちだけだよ。それに、ここの連中だって、知ったところで気にしないさ。与之さんのような人こそ、ここにいるべきじゃないのかい?」

 ずい、とお駒が膝を進める。

「そうかもしれんが、新宮様は、ここにはよぅ帰らんと言うんだ。娘さんに会わす顔がないんだとさ」

 言われて佐奈は俯いた。
 佐奈も、どういう顔で与之介に会えばいいのかわからない。
 与之介がいないのは寂しいが、今、いざ会ったところで普通に接することができるだろうか。
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