薄羽蜉蝣
日が落ちてから、与之介は家を出た。
少し歩いたところに、『鶴橋』という一膳飯屋がある。
与之介が暖簾を潜ると、眼付きの悪い親父が、何も言わずに酒と小鉢を用意した。
「昨日、万屋(よろずや)が見えられましたぜ」
しばらくしてから、ぼそ、と親父が言った。
「玄八の右腕が、ようやっとお縄になったそうで」
「やっとか」
頼んだ飯を食いながら、与之介はため息をついた。
三年前、市中を騒がせた悪党・鬼神の玄八は討たれたが、右腕と称された相棒の弥七(やしち)は、その後姿を眩ませたままだった。
「万屋としても、これでやっと肩の荷が下りたってところだな」
「新宮様におかれましても」
「単なる浪人に、そんな畏まらんでもいい」
そう言って、与之介は親父にも酒を注いだ。
「新しい仕事の口は、なかったか?」
「今のところは。この三年、弥七の行方を追ってばかりだ。万屋の執念を思えば、やっと無念を晴らせたんだ。ちったぁゆっくりしてぇんでしょう」
「ボケなきゃいいが」
軽口を叩き、与之介は席を立った。
店を出、川沿いの道を歩いて帰る。
ふと、与之介は足を止めた。
夜泣き蕎麦の屋台がある。
ちりん。
軒先に吊るされた風鈴が、小さく音を立てた。
---似ているな---
肌に纏わりつく、この少し湿った生温い空気。
空を見上げてみる。
満月が、煌々と辺りを照らしていた。
ふ、と笑い、与之介は再び歩き出した。
少し歩いたところに、『鶴橋』という一膳飯屋がある。
与之介が暖簾を潜ると、眼付きの悪い親父が、何も言わずに酒と小鉢を用意した。
「昨日、万屋(よろずや)が見えられましたぜ」
しばらくしてから、ぼそ、と親父が言った。
「玄八の右腕が、ようやっとお縄になったそうで」
「やっとか」
頼んだ飯を食いながら、与之介はため息をついた。
三年前、市中を騒がせた悪党・鬼神の玄八は討たれたが、右腕と称された相棒の弥七(やしち)は、その後姿を眩ませたままだった。
「万屋としても、これでやっと肩の荷が下りたってところだな」
「新宮様におかれましても」
「単なる浪人に、そんな畏まらんでもいい」
そう言って、与之介は親父にも酒を注いだ。
「新しい仕事の口は、なかったか?」
「今のところは。この三年、弥七の行方を追ってばかりだ。万屋の執念を思えば、やっと無念を晴らせたんだ。ちったぁゆっくりしてぇんでしょう」
「ボケなきゃいいが」
軽口を叩き、与之介は席を立った。
店を出、川沿いの道を歩いて帰る。
ふと、与之介は足を止めた。
夜泣き蕎麦の屋台がある。
ちりん。
軒先に吊るされた風鈴が、小さく音を立てた。
---似ているな---
肌に纏わりつく、この少し湿った生温い空気。
空を見上げてみる。
満月が、煌々と辺りを照らしていた。
ふ、と笑い、与之介は再び歩き出した。