優しい音を奏でて…優音side
─── 5歳 春 ───
俺は、5歳の時、母の勧めで、バイオリン教室に通う事になった。
その頃の俺は、鬼ごっこやサッカーなど、外で遊ぶ方が好きだったから、バイオリンなんて全然やりたくなかったんだけど、ほんとは女の子が欲しかった母は、どうしても音楽を習わせたかったらしく、無理矢理、バイオリンをさせられる事になってしまった。
散々渋る俺だったが、母の
「がんばったら、帰りにアイス買おうね。」
と言う買収にいとも簡単に懐柔されてしまった。
意志薄弱な俺。
渋々、バイオリンのレッスンを受けて、帰ろうとレッスン室のドアを開けると、たまたま隣のレッスン室のドアも開いていた。
そこには、同い年くらいの女の子が廊下に背を向けて立っていた。
「ありがとうございました。」
かわいい声と共にお辞儀をするその子の背には、腰まで届くサラサラの長い髪があった。
お辞儀と共に、さらりと前に流れ落ちるその髪がとても綺麗で驚いた。
そんなに長い髪の子を見たのも初めてで、俺は思わず、目を奪われていた。
俺が見とれていると、女の子はくるりと向き直って廊下に出ようとしたので、俺と思いっきり目が合ってしまった。
お姫様がいる!
それが俺が彼女に抱いた第一印象だ。
色白で、とても大きな目をした彼女は、白くてふわりと広がるワンピースを身にまとい、その姿は、母に無理矢理、読み聞かせられる童話のお姫様そのものだった。
当時、俺は、お姫様に出会いたいとも思わないし、王子様になりたいとも思わない、どちらかと言えば、悪をやっつける特撮ヒーローに憧れる普通の男子だったはずなのに…。