優しい音を奏でて…優音side

社員食堂に着くと、

「俺、お昼買ってくるから、先に座ってて。」

と声を掛けて、行列に並んだ。

昼食のトレイを持って見回すと、奏がひらひらと手を振って待っていた。

「お待たせ。」

と言って座り、

「いただきます。」

と言って2人で手を合わせて食べ始める。


「奏のお弁当、おいしそう。」

俺は奏の弁当を覗き込んだ。

昔、俺があげた弁当箱!
少し剥げては いたが、大切に使ってくれてたのがよく分かった。

「ふふっ。ありがとう。
でも、晩ご飯の残り物だよ。
ゆうくんのこそ、おいしそう。
唐揚げ定食?」

「惜しい! 日替わりB定食、竜田揚げ。」

「竜田揚げと唐揚げ、どう違うの?」

「さぁ?」

「ふふっ。」

どうしよう?
奏が、めっちゃかわいい。


「そう言えば、奏、この間、家賃がどうとか
言ってたけど、実家に戻ったんじゃないの?」

気になってた事を探ってみる。

「うん。
戻ったんだけどね、弟が結婚するから、
追い出されたの。
まだ先週、引っ越ししたばっかり。」

「弟って、律(りつ)?
あいつ、結婚するの?」

奏には3歳下に弟がいる。
子供の頃は、俺の弟も混ぜてよく遊んだ。

「うん。
子供ができたらしくてね。
夏前に産まれるから、安定期に入る春に式を
挙げるんだって。
あの子自身がまだまだ子供だと
思うんだけどね。」

「じゃあ、奏は、今、どこに住んでるの?」

1番聞きたかった事をドキドキしながら、聞く。

「駅から西に行った線路沿いのマンション。
家賃、安くないから、ほんとは正社員で
働けるとこ探さないといけないんだけど、
東京と違ってSEの需要もないし、なかなか
苦戦してて…。」

それって!

「あぁっ!!
もしかして、先週、2階にグランド
入れてたの、奏んち!?」

「??? 何で知ってるの?」

奏が怪訝そうな顔をする。

「だって、俺んち、その5階だもん。」

「うそ!?」

「うそじゃないよ。
休みの日に洗濯物干そうと思って、外見たら、
グランドピアノを搬入してたから、
気になってたんだ。」

「…ゆうくん、バイオリン続けてるの?」

楽器可のマンションに住んでる事で、奏が俺の顔色を伺うように聞いてくる。

「続けてるって程の事じゃないよ。
気分転換にたまに弾くだけ。
奏こそ、ピアノ持って来るなんてすごいな。
実家に弾きに帰るとかいう選択肢は
無かったの?」

「私は経済的な事を考えるとそうしたかったん
だけど、律んとこに子供が生まれるじゃない?
そしたら、ピアノは邪魔なんだって。
アップライトじゃないし。
ピアノよりベビーベッドらしいよ。
ふふっ」


「ごめん。
もう行かないと。
ゆうくん、またね。」

パートさんは、俺たちより休憩時間が短い。

俺は、勇気を振り絞って、今日、1番言いたかった事を伝える。

「奏!
金曜、空いてる?
俺、その日は残業ないから、メシ行こうよ。」

奏はなんて答えるだろう?

「ごめん。
金曜は別のバイトなんだ。
また今度、誘って。」

撃沈…

バイト、掛け持ちしてたのかぁ。

残念。

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