くまさんとうさぎさんの秘密
魔法使いの攻防
by時田 総一郎
中野馨は、ベッドの上にうつ伏せに、パラパラと、例の文集をめくっていた。
俺は、彼女の隣で、椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。
「俺は、教授のポストを誤解していたよ。どこかで、あんなものは、名誉職だと思っていた。熊谷先生は、元々が民間人だから、人を育てるということについても、適材適所で、とても具体的なんだ。追悼文集なんて、お決まり文言のオンパレードかと思ってたけど、どの人にも意義があって、書き残さなければならないことがあったみたいだ。」
彼女は、黙って文集を見ていた。
俺は、数日前にタバコを止めた。止めろと言う人はいなかったけど、彼女は、「一緒に長生きできそうじゃん」と言って笑った。だから、これで良いと思った。
彼女は、子どもがほしい。
宇佐美さんの話によると、追悼文集は、研究者の追悼論文集みたいなものにはしないという話だったらしい。熊谷氏は、研究仲間とは家族ぐるみの付き合いで、お弟子さんには、生活の便宜をはかったこともあった。追悼文集の話は、教え子の人達から出たが、研究者仲間だけでなく、親族や民間の知人も参加できるように配慮しようということになったらしい。とは言え、家族にも研究仲間にも分からないことも多かったから、地元の教師で顔が広く、幼い頃から熊谷泰明氏と交流があった宇佐美さんに声がかかった。宇佐美さんは、当時、児童心理学の研究に対して熊谷氏から3次元動画のリアルタイム再生技術の提供を受けていた。
文集には熊谷氏の書きかけの論文も載せられた。イントロと結論との間に少し話が抜けている。最後に、「ひとみに捧げる」から始まって、家族への手紙がある。お弟子さんの話では、論文にひとみさんへの謝辞が入ることは定番になっていたそうだ。
親類、友人、仕事仲間でも、研究職、事務職の人から卒業生、共同研究してた企業の人達から、泰明氏の育った街の人達までいろんな人が寄稿している。
熊谷氏との思い出を書いたものもあれば、いわゆる研究成果をまとめたものもあった。ひときわ、目を引いたのは、3次元プリンターの印画メタルについての論文だった。これは、当時の技術を考えたら、本当によくできた内容だった。
「この論文、何故ここに中途半端な発表のされかたをしてるのか、謎なんだけど、どう思う??」
中野馨は、、しばらく、無言でページを行ったり戻ったりさせながら、嫌な顔をした。
「これ、発表したいけど、バレるのは怖い。そういう論文。」
「どういうこと??」
「これさ、今巷に広がってるものより2世代前とでも言うのかな??今のメタルでも、動画再生に適してるかって言われたら、プリンターもメタルも、まだまだ不十分としか言いようが無いよね。時ちゃんの言ってる安全性の問題。第一世代は、動画再生を目指したにも関わらず、連続的に変形させたら、本気で危険なしろものだった訳じゃん。だから、せいぜい素早く印刷できる程度の事だった。みんな、それは知ってて、改善方法に躍起になったわけだよね。。でもさ、、そもそも、そのやり方が、どこから沸いて出たのかは、何か、変な感じだったの。」
「変な感じ??」
「古い論文見るとね。細かいこと破綻してても、どういう筋道たてたのか、よく分かることもあるの。そもそも、世の中の進歩って、何かしようとすると、その過程で問題が出て来て、回避するのに背びれがつき尾ひれがつき、しまいには「分かってる人にしか分からない」ようなことになるでしょ。だから、新しい論文見ても分からなければ、古いものもちゃんと読んだ方が良いんだよ。」
「それは、俺にも分かる気はする。」
「だけどさ、、第一世代の始めと言われてる論文が、妙に出来すぎてるんだ。」
「出来すぎてる??」
「ちゃんと、1番の問題は回避してる。」
「ちょっと分からないな。」
「とにかく、出来すぎてるんだよ。逆に、問題が起こる前の、思い付きかたが見えない論文というか。」
「思い付きかたが見えない。。」
「この論文は、そのパズルの初めのピースに見えるよ。問題はあるけれど、ひとまずできたって感じ。プラスチックとかメタルとか、利用目的に合わせた性質を持たせたいわけじゃん。その後、実用化するにあたり問題がないか調べ抜く。まだ、調べれてないんだよ。ちゃんと。でも、危険の可能性は分かってる。これ。」
「何で、こんな、不自然にここに載ってるんだ??」
「そりゃ、、熊谷先生の死因と関係あるからじゃないの??」
「熊谷先生の死因?病気じゃないのか?」
「病気だと思うよ。でも、この論文を書いた人は、そうは考えてないかもしれないね。」
「それを書きたかったってこと??これじゃ、一般の人には分からないし、分かる人の目に触れないじゃないか。伝えたいのか伝えたくないのか分からないな。。」
「本当のところは分からないけど、、いろいろ想像しちゃうな。。」
「何を??」
「絶対に揉み消したい人がいる論文だから、レフェリーに回るような雑誌には出せないとか。だいたい、この分野でレフェリーって言ったら、人が限られてるんだよ。パテントにも論文の量産にも独占禁止なんかないわけ。分かってる人にしかレフェリーもできないし。だから、どこに出しても揉み消されると判断したとか、実際に出したけど揉み消されたとか、あと、自分の都合で発表は控えたけど、自分に害が及ばない場所に寄稿したとか。」
「ごめん、全く話が見えない。」
「いろいろあんのよ。自分が論文出してみると。結局は、書いた人に聞かなきゃ分からないけどね。」
中野馨は、ベッドの上にうつ伏せに、パラパラと、例の文集をめくっていた。
俺は、彼女の隣で、椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。
「俺は、教授のポストを誤解していたよ。どこかで、あんなものは、名誉職だと思っていた。熊谷先生は、元々が民間人だから、人を育てるということについても、適材適所で、とても具体的なんだ。追悼文集なんて、お決まり文言のオンパレードかと思ってたけど、どの人にも意義があって、書き残さなければならないことがあったみたいだ。」
彼女は、黙って文集を見ていた。
俺は、数日前にタバコを止めた。止めろと言う人はいなかったけど、彼女は、「一緒に長生きできそうじゃん」と言って笑った。だから、これで良いと思った。
彼女は、子どもがほしい。
宇佐美さんの話によると、追悼文集は、研究者の追悼論文集みたいなものにはしないという話だったらしい。熊谷氏は、研究仲間とは家族ぐるみの付き合いで、お弟子さんには、生活の便宜をはかったこともあった。追悼文集の話は、教え子の人達から出たが、研究者仲間だけでなく、親族や民間の知人も参加できるように配慮しようということになったらしい。とは言え、家族にも研究仲間にも分からないことも多かったから、地元の教師で顔が広く、幼い頃から熊谷泰明氏と交流があった宇佐美さんに声がかかった。宇佐美さんは、当時、児童心理学の研究に対して熊谷氏から3次元動画のリアルタイム再生技術の提供を受けていた。
文集には熊谷氏の書きかけの論文も載せられた。イントロと結論との間に少し話が抜けている。最後に、「ひとみに捧げる」から始まって、家族への手紙がある。お弟子さんの話では、論文にひとみさんへの謝辞が入ることは定番になっていたそうだ。
親類、友人、仕事仲間でも、研究職、事務職の人から卒業生、共同研究してた企業の人達から、泰明氏の育った街の人達までいろんな人が寄稿している。
熊谷氏との思い出を書いたものもあれば、いわゆる研究成果をまとめたものもあった。ひときわ、目を引いたのは、3次元プリンターの印画メタルについての論文だった。これは、当時の技術を考えたら、本当によくできた内容だった。
「この論文、何故ここに中途半端な発表のされかたをしてるのか、謎なんだけど、どう思う??」
中野馨は、、しばらく、無言でページを行ったり戻ったりさせながら、嫌な顔をした。
「これ、発表したいけど、バレるのは怖い。そういう論文。」
「どういうこと??」
「これさ、今巷に広がってるものより2世代前とでも言うのかな??今のメタルでも、動画再生に適してるかって言われたら、プリンターもメタルも、まだまだ不十分としか言いようが無いよね。時ちゃんの言ってる安全性の問題。第一世代は、動画再生を目指したにも関わらず、連続的に変形させたら、本気で危険なしろものだった訳じゃん。だから、せいぜい素早く印刷できる程度の事だった。みんな、それは知ってて、改善方法に躍起になったわけだよね。。でもさ、、そもそも、そのやり方が、どこから沸いて出たのかは、何か、変な感じだったの。」
「変な感じ??」
「古い論文見るとね。細かいこと破綻してても、どういう筋道たてたのか、よく分かることもあるの。そもそも、世の中の進歩って、何かしようとすると、その過程で問題が出て来て、回避するのに背びれがつき尾ひれがつき、しまいには「分かってる人にしか分からない」ようなことになるでしょ。だから、新しい論文見ても分からなければ、古いものもちゃんと読んだ方が良いんだよ。」
「それは、俺にも分かる気はする。」
「だけどさ、、第一世代の始めと言われてる論文が、妙に出来すぎてるんだ。」
「出来すぎてる??」
「ちゃんと、1番の問題は回避してる。」
「ちょっと分からないな。」
「とにかく、出来すぎてるんだよ。逆に、問題が起こる前の、思い付きかたが見えない論文というか。」
「思い付きかたが見えない。。」
「この論文は、そのパズルの初めのピースに見えるよ。問題はあるけれど、ひとまずできたって感じ。プラスチックとかメタルとか、利用目的に合わせた性質を持たせたいわけじゃん。その後、実用化するにあたり問題がないか調べ抜く。まだ、調べれてないんだよ。ちゃんと。でも、危険の可能性は分かってる。これ。」
「何で、こんな、不自然にここに載ってるんだ??」
「そりゃ、、熊谷先生の死因と関係あるからじゃないの??」
「熊谷先生の死因?病気じゃないのか?」
「病気だと思うよ。でも、この論文を書いた人は、そうは考えてないかもしれないね。」
「それを書きたかったってこと??これじゃ、一般の人には分からないし、分かる人の目に触れないじゃないか。伝えたいのか伝えたくないのか分からないな。。」
「本当のところは分からないけど、、いろいろ想像しちゃうな。。」
「何を??」
「絶対に揉み消したい人がいる論文だから、レフェリーに回るような雑誌には出せないとか。だいたい、この分野でレフェリーって言ったら、人が限られてるんだよ。パテントにも論文の量産にも独占禁止なんかないわけ。分かってる人にしかレフェリーもできないし。だから、どこに出しても揉み消されると判断したとか、実際に出したけど揉み消されたとか、あと、自分の都合で発表は控えたけど、自分に害が及ばない場所に寄稿したとか。」
「ごめん、全く話が見えない。」
「いろいろあんのよ。自分が論文出してみると。結局は、書いた人に聞かなきゃ分からないけどね。」