くまさんとうさぎさんの秘密

ジェネレーションギャップ

by 熊谷 義明

宇佐美さんについては、大学での親父の葬式の時の印象が強い。。
勲章をわたされた後、ひとみがショックのあまり取り乱すといったことがあった。貰うときに、何度もおめでとうございますという言葉が使われる。祝い返しの業者等からも連絡が入る。いわゆる殉職にあたったので、始めは、そういう事情だからと説明していたが、どうやら、こういう時は、当人が亡くなっていても、おめでとうという文化があると、家族はその時初めて知った。
ひとみは、パンクした。当時、ひとみは、今より更に若く、本当に中学生か高校生に見えた。泣きもせず、ただ青白い顔色が、この世のものとも思えないほどきれいで、怒りに満ちていた。彼女は、勲章を外に投げ捨てた。熊谷のおばあさんが、泣きながら彼女を抱き締めていた。

宇佐美さんは、いろんな人に挨拶をしていたが、ひとみが行ってしまったのをみはからって、喪服の上着をその辺に放り投げて、シャツの袖を捲って、床をさらいを始めた。途中、人に話しかけられて頭を下げたり、何か受け取ったりということをはさみながら、彼はとうとう、ひとみが投げた勲章を見つけた。。
宇佐美さんは、キョロキョロと周りを見回した。そして、ほったらかしになっている俺を見つけてやって来た。
「義明君、これは、絶対になくしてはならないものだ。絶対になくさないように、大事に持っていてくれ。」と、宇佐美さんは言って、それを俺の手に握らせた。
この日の俺は、朝から喉がつまったようになって声が出なかった。俺は、黙って頷いた。

宇佐美にこの話をしたら、彼女は、すまなさそうに上目遣いでこちらを見た。
「私ね、お父さんの仕事関係の人のお見舞いには必ずつれていかれたの。お父さんは、「優那は病人を怖がらないから」って言ってた。でも、お葬式には絶対に連れてってもらえなかった。だから、何も知らなかった。くまさんのお父さん、最後に会ったとき、私を見て笑ってたの。「おじちゃん、こわいだろー」って。だから、笑ったの。笑って、あやされて、それで、お父さんのお友達は、面白い人だなあって。それで、その後何があったのか、まるで知らなかったの。」
「頭に包帯の頃だろ。多分、、痛みがひどくて、どんどん効く痛み止がなくなった頃だ。俺には、謝ってた。笑ってたけど、親父にもどうしようもないことがあるんだって分かった。宇佐美さんは、親父を笑わせたくて、優那連れてきてくれたんだろうな。」

俺は、例の文集をめくっていた手を止めて、コーヒーをいれるために立ち上がった。この文集を編纂したのは、実質宇佐美さんだ。文集によると、宇佐美優那は、15年前には、当人の意思確認もないまま、父親同士の約束で、うちに嫁に来ることに決まっていたようだ。
俺がコーヒーカップ出したのを見て、彼女はコーヒー豆を取り出した。

「サンキュ」と、俺が言うと、彼女は、イタズラっぽく笑った。
「下心あるから。」
「怖いなぁ」
俺は赤くなった。彼女は、後ろから俺に抱きついた。

正直、俺はまだ、お付き合いの恥ずかしさを拭いきれない。女の子の恥ずかしい姿はめちゃめちゃ魅力的だけど、男のその時なんて、キモいだけなんじゃないかと思う。ところがだ。彼女が積極的という意外な展開に、どぎまぎするばかりだ。

ひとみが入院してから、もう2週間になる。俺たちは、盆踊りの日にいろいろあったこと、ひとみが入院したことをきっかけに、付き合い始めた。一応、周りの奴等にも報告したけれど、型通りの祝辞には、どこか、「何を今さら」という空気も漂っていた。

「この夏は疲れたな。」と、俺はため息をつく。何か、騙されたようなモヤモヤが消えない。ようやく体調は戻ってきたが、夏ももう終わりだ。。
彼女がごそごそと背中で動いたので、後ろを振り返ると、バッチリ目が合う。
「やっぱり、おしかけ女房は迷惑?」
彼女は、上目遣いに、不安そうな顔をする。

俺は、ため息をついた。

「いや、そうじゃないよ。迷惑も何も、お前だって分かってんだろ?俺、お前のこと、もう離してやる気も自由にさせてやる気もない。逃げられたら困る。逃がせない女なんだよ。たださ、男にもいろいろ心構えってもんがあるんじゃん。」
「心構え??」
「そう。俺は、ちゃんと口説いてくつもりが、いろいろ心の準備ができないままに、話が展開していっちゃうから、調子崩しまくりだ。」

そもそも、彼女のバイト先の保育園でも、幼なじみの親の間でも、はては時田さんたち、親父の旧知の人達の間でも、とっくの昔に「熊谷さんのご子息と宇佐美さんのお嬢さんが婚約した」ことになっていたらしい。彼女の男友達は、すっかり敵に回したらしいし、降ってわいたように、彼女の体と自分の性欲と向き合わなければならなくなってしまった。23までドーテー貫くはずだった俺の覚悟は、一体どこに飲み込んだら良いんだ???

俺がぼさっとコーヒードリップしていたら、彼女が俺の腹筋を指でなぞりながら呟いた。

「何か、悔しい。」

そういう関係になってからというもの、彼女は俺の体を触りたがるようになった。そもそも、こうなる前には、俺の方から、おぶったことも、抱き上げたこともあったわけで、、愛しい存在なことには変わりないけれど、相手にその意志があるのかと思うと、触れること1つ、めちゃめちゃ意識してしまう。。。正直、あまり刺激しないでほしいが、邪険にして、逃げられてもまずいので、ちょっと我慢する。

「何で?」
「私、ばっかり好きで、くまさん迷惑そうなんだもん。」

「迷惑っていうか、ちゃんとしようと思って我慢してたわけであって、ちゃんと一つ一つ環境が整うまでと思って我慢するわけで。。」

「言い訳しなくていいよ。一方的に転がり込んできて、ずっと片思だったんだから、高望みしないし。別に、今だけでもいい。体の関係あるからって、嫌々責任とかとらなくて良いから。」
宇佐美優那は、可愛くないことを言いながら、でも、、俺に抱きつく手を強めた。小さい手のひらだよなぁと思う。

「お前、人の話聞いてないだろ。」
俺は、やっぱり、まだ体調が戻らないのかもしれない。
「こっちは、ちゃんと手順踏もうと思ってるだけだよ。そうやって、手順飛ばすと、不安になったり、生活乱れたりもするわけじゃん。」
「やっぱり、何か悔しい。」

「イタズラしちゃダメ。その、、優那は、流されやすいし、恋愛に関しては、ホント後先考えないよな。俺は、好きでも、覚悟ない女とはしないって決めてんだよ。」
「私だって、覚悟なく行動してる訳じゃないよ。そりゃ、ちょっとアブノーマルな趣味って分かった時はびっくりしたけど。。好きな人に手出してほしかったんだもん。。何されても良いって、覚悟はできてるよ。」

ええっと。
「手出してほしいって、、それに、アブノーマルって何のこと??」

「相手、縛っちゃいたい人なんでしょ。」

しばらく、言葉の意味が分からなかった。
「違うっ!!それは違う。あれは、そういう意味とは違う。。そういう覚悟の話はしてない。」

彼女は、俺のこと、すごく分かってくれてるところと、全く分かっていないところがある。彼女に逃げられそうになった時は、焦ってたし、ヤバイことを連呼してた自分がいたのも分かってる。。

まあ、俺だって、彼女の事、何も分かっていなかった。彼女は、生活の作法はきちんとしてて、生活力があって、頼りになって、でも、人間関係には流されやすくて、不器用で、、。ちょっとびびったのは、、女にも、性欲ってあるんだよな、、。今まで気にならなかった彼女の過去や周りの男にチリチリと嫉妬心煽られたりする。

彼女の両親は、とっても仲良しだ。何せ、6人も子どもを育てている夫婦の娘だから、奔放なようで、彼女には彼女なりのルールがあると信じたい。

「私、別に縛られるの嫌じゃないから。いっぱい触ってもらえて、本当に嬉しかったと言うか。。だから、くまさんの好きにしちゃって下さい。」

彼女の声が期待を含んでいるのは、気のせいじゃない、。若葉マークが招いた行動が、とんでもない誤解を生んでる。俺の腹筋さすっている彼女の手が、本当にエロい。
別に、縛るのが好きではないんだけど、、彼女の方がまんざらでもないあたりが複雑だ。。彼女の過去が本当に気になる。。、、、自分の性癖云々説明するのは面倒なので、もう、誤解させたままほっとくことにした。
「おい。」
「はい。」
「ちょっと、本当にイタズラやめてくれないか??」
「、、、ヤダ。くまさんのお腹好き。全部好き。。」
俺は後ろを振り返って、彼女の体を引き離した。
「今は、コーヒーを飲もう。」
「、、分かった。」
彼女は、うしろめたかったのか、ちょっとまゆをひそめ、伏し目がちに目をそらした。
俺は、彼女にコーヒーをわたし、彼女を椅子に座らせた。そして、自分も隣に腰を下ろす。
「俺さ、また、新学期始まったら忙しくなる。でも、隙見付けて帰ってくるから、一緒にごはん食べてほしい。お前が飯食ってる姿が好きなんだ。」
「分かった。」
ちょこんと隣に座った彼女が、えらく幼く見えた。
「それでさ、分からなくて良いから、俺の話も聞いてよ。」
彼女が、まっすぐこちらを見上げる。
「分かるように頑張るよ。」
「頑張らなくて良いよ。分かってないのに分かった顔されるより、分からないときは、分からないって言ってくれた方が良いよ。いつもみたいに、聞いてくれれば良いんだよ。。」
「分かった。」
「あと、今日は、夕方の用事はさっさと終わらせて、先に寝てて。」
「分かった。」
「俺も、用事が終わったら、部屋に行くから。」
俺は、立ち上がり際に、彼女のこめかみにキスした。彼女の返事はなかったけど、彼女の顔が赤くなった。

ごめんな。宇佐美。俺は、主導権握りたいのよ。
二人の性欲こっちで管理させてもらわないと、気が狂いそうだ。























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