くまさんとうさぎさんの秘密

兄妹

by 宇佐美 優那
ほっちゃんが、木琴をたたき始めたのは、残念ながら、私と二人で遊んでいるときだった。
ひとみさんは、リハビリがあるとかで、平日の夕方に、うちにほっちゃんを預けて、前嶋さんと出かけて行った。
ほっちゃんのばちは、たまたま、でたらめにばちを振り回したらあたったんだろうけど、音が鳴ると分かってくると、ほっちゃんは、何回もそれを繰り返した。
私が見る限り、ほっちゃんは、木琴の音で興奮していた。
ひとみさんが木琴をたたいた時と違って、楽しいというよりは、真剣だった。
ちょうどそこに、くまさんが帰宅した。
「ひとみ、来てんの??」
「ほっちゃんだけだよ。ひとみさんは、前嶋さんとリハビリ。」
「パパもママも一緒なのに、何でうちに置いてくんだよ。連れてきゃいいのに。」
「ゆっくりさせてあげないと、治るもんも治らないよ。前嶋さんだって、一緒にお医者さんの話を聞いといたほうがいいしね。それに、、私が、ほっちゃんと遊びたかったんだよー」
「穂香、近所じゃ、俺の子どもってことになってるみたいだぞ。」
「はは、私の子どもみたいなもんだからね。いいじゃん。家族はみんな分かってるし、言い訳しなきゃいけない相手もいないし。」
「説明するの面倒だし、ほったらかしだけど、分からないところで問題出てきそうで怖いよ。」
くまさんは、ため息をついた。ほっちゃんは、懸命に木琴をたたき続けている。
こぎみの良い音が部屋の中に響き渡っていた。
「穂香、うまいな。ひとみに褒められそうだ。「きれいなメゾフォルテ」って。」
私は、ちょっと考えた。
「何かね、悪気はないんだけど、ほっちゃんの初めては、結構私が独占しちゃってるんだよね。」
「しょっちゅう、うちに来てるもんな。」
「ほっちゃん、木琴たたいてたよって、伝えづらいわけ。」
「そういうもん??」
「ほかにもいろいろあるわけよ。だから、ほっちゃんの木琴デビューは、ひとみさんの誕生日パーティーでお披露目しない??」
「初めて云々は分からないけど、誕生日パーティーでお披露目は良いかも。俺、昔は、誕生日のたびにピアノ聞いてもらってたな。。その日以外は、技術的なこととかごちゃごちゃ言われるんだけど、誕生日の演奏だけは、ひとみの指導は受けなかったし、完全にギャラリーとして楽しんでくれたから、一番のびのび演奏できる日だったなあ。やめっちゃって初めての誕生日に、ちょっと寂しがってたの覚えてる。」
「じゃあ、、兄妹共演ってどうだろ。」
「いいね。」
「ひとみさんの誕生日、前嶋さんが、店貸し切りにするか、開けたままやるか悩んでるよ。あそこは、定休日以外毎日開店だもんね。」
「ちょっとまて。。兄妹共演はいいけど、あの店でやるのか??それは無理だろ。」
「ほっちゃんの出演許可はもらってきたよ。携帯の動画を送ったら、前嶋さん、ほっちゃんは、筋がいいって。ちゃんと、芯のある音がしてるって言ってた。」
「親バカすぎだろ。。」
くまさんが逃げ腰になる。実は、そもそもくまさんにピアノをお願いしようという話だった。
というのも、ひとみさんは、今、左手の麻痺の件で、心に傷を負っている。
前嶋さんの話では、「また、弾く」と、前向きにリハビリに取り組み始めたところらしい。
だから、、これは、あんまりうまい人でもだめだし、ひとみさんに悔しい思いをさせる人がやっても駄目だ。
前嶋さんと私は、初めに左手のことを知ってしまった経緯から、ひとみさんの前で演奏する勇気がなかった。
ひとみさんの悔しい思いは、私たちの心の傷にもなってしまっていた。
でも、、彼女は、自分のことよりも、子供の成長を優先して生きてきた人だ。
「だから、義明の演奏なら、楽しんでくれるんじゃないかな?」と、前嶋さんが言った。
前嶋さんの話では、ひとみさんは、ある時期まで、息子のピアノを自慢し続けていたし、その話になると、今でも嬉しそうにするのだそうだ。
彼女は、ピアノのうまい下手でなく、生徒さんの演奏の良いところを見つけて伸ばしてくれる。
だから、ブランクがあるくまさんと、ほかの楽器の共演なら、気負わずに楽しんでもらえるのではないかという配慮だった。

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