くまさんとうさぎさんの秘密

酉の刻

by宇佐美 優那
澤谷さんの件がひと段落したところで、お父さんがまた、バイト先にやって来た。
「優那、元気にやってるか?」と、お父さんは、職場にゼリーを大量に差し入れてくれた。
園長先生と、お父さんは、楽しそうにしゃべっていた。
優矢が新聞係で頑張っている話をしていた。

「挨拶に行ってもいいか?」と、お父さんは言った。くまさんちのことだ。
お父さんは、私が泊っている家が、男子の家だとは知らない。
女子の家だとも言ってない。
お母さんは、薄々気が付いているかもしれないけれど、お父さんは、どう思うだろう。。
「おうちの人に、聞いてみるね。」と、私は答えた。

残念ながら、電話は、くまさんにつながらなかった。
「そうか。じゃ、送ってくよ。会えたら、玄関先で挨拶だけ。お邪魔はしないよ。」
と、お父さんは言った。

夕方の風は涼しい。私は、お父さんやお母さんの手のひらから抜け出したかったことなんてない。
「あのさ、高校進学したとき、私、本当は、家に帰りたかったんだよね。トップ校って言ったって、地元の高校でしょ。下宿してる人も、全校で数人とかしかいないし、両親がいないとか、
親が転勤して、持ち家に残ったとか、そんなんばっかりだよ。
家に帰りたいから、こっち受けたのに、余計にさみしいよ。」
私は、お父さんに言った。
「そうか」と、お父さんは、聞いてるのか聞いてないのか分からない返事をした。

私は、お父さんが好きだ。というか、年配の男性がわりと好きだ。
大学に行きたかったのも、この街に帰って来たかったのも、
この街で、お父さんがいろんな人たちに会わせてれくれたことと関係ある。

この道は、大学病院につながっている。
大学病院以外にも、すぐそばに市民病院があって、大学のレジデントを引き受けている。
入院、お見舞いといえば、この通りを通る人が多い。

最後にお父さんとここを通ったのも、お見舞いに行ったときのことだ。
その人も、何か、立派な研究者の人だった。
その人は、頭に腫瘍ができたそうで、包帯で頭をぐるぐる巻きにしていたが、私の顔を見て言った。
「優ちゃん、ごめん。おじちゃん、こんなぐるぐるまきで、怖いだろ。」
私は、何も怖くなかった。この世には、もっと怖いものがたくさんある。
物腰柔らかで、大柄な人が、柔らかく笑ってた。怖いわけがない。
お父さんが、おっちゃんは、ものすごい人だと言ってた。病気はものすごく痛いのに、
笑ってるからすごいと言っていた。

奥さんが泣いていた。おっちゃんは、笑いながら奥さんに言った。
「俺が死んでも、たくさん友達作って、自由にやったらいいよ」
故人が何を思って言ったかは分からないけど、奥さん、めちゃめちゃ怒っていた。。

くまさんの家の前まで来たので、私は、くまさんの家を指さした。
「ここが友達んち。」と、私は言った。
「ここか。。」と、お父さんは、つぶやいた。

何だか、変な間があった。

その時、わきの道路から出てきた人に、声をかけられた。
「あらら、宇佐美さん、久しぶりね。。」
丸々とした年配の女性だった。
「ご無沙汰しております」と言って、お父さんは、深々と頭を下げた。
「優那。お父さん、この家、ものすごーくよく知ってるよ。」と、お父さんは小声でつぶやいた。

お父さんは、私の顔を見た。
「お前、同級生って、熊谷義明か??」
「そう。」
「そうか。。」
お父さんは、唸るように言った。

「宇佐美さんのお嬢さん?」
「はい。」
「何だか、立派な学校に行かれたって。素敵ね。うちは、孫が男の子一人だから、羨ましくてしょうがないわ。」

ちょうどそこに、くまさんが帰ってきた。
「うちの、いかつい孫が帰って来たわ」と、その人、くまさんのおばあちゃんは、私にむかってウインクした。。

つまるところ、お父さんは、くまさんのお父さんの、大学の後輩で、昔馴染みだそうだ。

私は、自分が子どもの頃に、お見舞いに行ったおじちゃんが、熊谷さん、、つまり、
くまさんのお父さんだということに気が付いた。




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