くまさんとうさぎさんの秘密

夏休み

by 宇佐美 優那
夏休み、それは、それは穏やかな時間が流れていた。
志望校が決まって、私の心は穏やかになった。
苦手の数学も、少しレベルを下げれば、そこまで悪いわけでもない。
大学には、寮があって、国公立の良心的価格だから、入学さえできたら、生活も、何とかなると思う。
バイトの帰りは、予備校帰りのくまさんと一緒になった。

くまさんは、というと、「ちょっとヤバい」のだそうだ。勉強はよくできるように見えたけど、何か、国語がダメらしい。くまさんと一緒に予備校通いを始めた肥後橋洋治も、似たようなこと言ってた。

保育園から家に帰るまでの道のりは楽しかった。くまさんは、1度だけ、3才の頃に、一緒にイチゴ狩りに行ったことがあるらしい。
私は、全く覚えていなかったが、お父さんが写真を持っていた。。

お父さんにとって、くまさんのお父さんの熊川泰明さんは、ヒーローだった。強くて、優しくて、頭がよくて、だから、泰明さんが入院してしまった時、お父さんは、ものすごくショックを受けたそうだ。
私は、あの時、お見舞いに行った時に泣いていたのが、ひとみさんだったのだと気がついた。

「何で、俺みたいな弱くて頭も悪くて、何もできない人間が生き残って、くまさんみたいに惜しまれる人が行ってしまうのか、世の中は分からない」と、お父さんは言った。くまさんのお父さんも、やっぱりくまさんと呼ばれていたらしい。
実は、そうでもない、と、私は思う。
「最近、気がついたんだけどね。」と、私は、お父さんに言った。
「お父さん、いつも、人の良いとこ見つけるの得意でしょ。人の邪魔もしないし、みんなが当たり前に思ってる自分の良さに気がつかせてくれるというか。」
お父さんは、私の顔をじっと見ていた。

みんな、自分が認めてもらうことに必死だ。向上心は劣等感の裏返しで、頑張ってる人ばかり集まっても、「お前よりあいつの方が」とか比べられると、とんでもない足の引っ張りあいになったり、手柄の奪い合いになったりもする。
だから、お父さんのように、先に周りの人を認めることから始められる人材というのは、希少なんだと思う。
お父さんの周りに、頑張る人が集まるのが分かる。

くまさんのお父さんの話もした。くまさんは、お父さんが亡くなるまで、何もかもお父さんから習っていたそうだ。
くまさんは、お父さんが笑顔を歪めるのを、1度だけ見たことがあると話していた。入院中、亡くなる前にお見舞いに行った時に、くまさんのお父さんは「お前のことを頼りにしてる」と、言ったそうだ。それが、「唯一、父親の顔が苦痛に歪むのを見た瞬間」だそうだ。
ひとみさんは、めちゃくちゃに怒って、叫んでいたそうだ。
「死が二人を分かつまで」という言葉がある。
でも、保険をかけたり、遺書を残したり、人は、死んだ後のことも、お互いの結び付きから考える。

くまさんのお父さんが亡くなったとき、うちのお父さんは、実は、共同研究者だったと聞いている。
お父さんは、途方にくれた。実は、3次元の遠隔授業の実験に協力していたそうだ。ものすごい金額の予算がついていて、ものすごい高価な機器を地元の学校に持ち込んで、まるで、教壇に先生が立っているようなリアルさで、実験授業が行われた。

2次元の設備で、講師と生徒の視線が合わないといった問題は、解消された。しかも、普段の授業であくびをしているような生徒も、3次元動画の先生の話はよく聞いた。
双方向にしようと思ったときに、生徒の方の情報が大きくなりすぎた。目の錯覚を利用した旧来の方法など、つぎはぎのように、いろんな事が試された。

くまさんのお父さんが亡くなったとき、うちのお父さんは、ひとみさんやくまさんのおばあさんにいくつかの書類を書いてもらわなければならなかった。共同研究について、守れるものは守りたかったそうだ。。
ここで、実は、うちのお父さんもまた、ひとみさんに、ものすごく怒られていると聞いている。

くまさんのお父さんは、国立大学の職員で、現職のうちに亡くなったので、殉死の扱いとなり、勲章をもらっている。勲章は、葬儀の席に届けられる。これが届くと、葬式の最中にも、どこで聞き付けたのか、引き出物屋から、「おめでとうございます」との、電話がかかってくるのだそうだ。
ひとみさんは、この電話にも叫んでいたそうだ。

くまさんは、小学生だったが、ひとみさんが電話をとるよりも先に電話をとることに決めたらしい。

ひとみさんは、おかしくなっていたのかもしれないが、ひとみさんにとって、自分と世の中と、どちらがおかしいのか分からない状況もよく分かる。
ひとみさんは、熊谷泰明さん一人を頼りに日本にわたってきた人だ。日本ぽい名前でも、根本的に日本人になりきらない。
くまさんの話をすると、お父さんは、ポツンと言った。
「葬式くらい、泣き叫んでも良いじゃないか。お父さんは、くまさんも、くまさんの奥さんも、立派な人だって知ってるよ」

ひとみさんは、私が宇佐美の娘だと知って、言った。
「熊谷は、あなたのことを見て、娘がほしいってずっと言ってたわ。。」





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