くまさんとうさぎさんの秘密
澤谷さんは酔っていた。
多分、私が煮え切らないのも知っていた。
世間一般的にはいい男なんだと思う。
でも、どうしても、私はだめだった。
結婚に同意しても、やっぱりだめで、もう断らなければならない段で、
断り切れずにいた。
私は、この日、お酒は一滴も飲まずに固辞したけれど、場の雰囲気を借りて、ずっと聞けずにいたことを尋ねた。
「私、何で連載させてもらえたんですか?後から聞きました。佳作の人なんかも、アドバイスもらえたりするって。」
「すっごいいい作品だったよ。こびない感じが大人びて、受賞作みたいな華やかさはないけど、続けて読むうちにキャラクターに愛着わいてきて、命が、魂こもってんなあって。じわじわくるなって。」
「それ何回か聞いたけど、フランス料理食べながら聞いた子いないって。」
澤谷さんの手が止まった。
「それが不服なの?」
「感謝しなきゃいけないことなのかもしれない。でも、私、澤谷さん以外の人の話も聞いてみたかったんです。いつも。」
「優那の作品は俺が守るから。」
「母さんは、こういうの好きだけど、私はちょっと苦手なんです。母さんの娘だけど、嬉しいって感じることとか、心地よいって感じることは全然違うの。家族の中で、役割だって母とは違うから。」
澤谷さんは、すっかり気分を害していた。
そもそも、母と違って、私は堅実な方だ。長女の私がそうだから、実家も何とかなっている節もある。
母さんみたいに、大学に残りたい思いもあった。でも、私は、母みたいな天才肌ではないし、
いい女でもない。もうちょっとこつこつ地に足をつけてやりたい。
それに、澤谷さんが、私のいないところで「わがままないい女に振り回される自分」を演出していること、それが実は、一番嫌だった。
「私、しんどいから帰りたいとか、言ったことないです。」
「ああ、そう??」
かみ合わないのは百も承知で言った。
澤谷さんの周りの大人は、私のことを責めるかもしれない。
こんなに大事にされてるのに。
「優那のお母さんは関係ないよ。ファンではあるけど、仕事のことは別。連載だって、厳しいことも言わなきゃだったし、、」
「分けてくれなかったじゃないですか。恋愛と。押しつぶされそうだったんです。一生懸命もがいてるのに。」
言い始めて、だんだん訳が分からなくなってきた。
私、何うぬぼれてんだろう。
「続けていけないんです。本当にごめんなさい。」
私は、席を立とうとした。が、かなわなかった。
はじめ、私は自分が自分からみっともない転び方をしたのかと思ったが、
自分が胸ぐらつかまれて引きずり倒されたことに気が付いた。
今日は、年齢を偽ってはいるものの、誕生日で、彼氏にちょっといい店に連れて行ってもらえた。
私は、今日も我慢するべきだったかもしれない。
何が限界なのか、周りには、とんでもなく高慢ちきで鼻持ちならない女に見えていることだろう。
澤谷さんは酔っていた。
私は、覚悟を決めて話をしたわけだけれど、お酒の席でのマナーはわかってなかったかもしれない。
酒の席でする話じゃなかったかもしれない。
澤谷さんは、もう一度私の胸ぐらをつかんだ。
「何が不満なんだ。大人にここまでさせて。」
私は、生意気で、子どもだった。
「これ、澤谷さんのお金ですか?」
「????」
殴られると思った。血の気が引き、はだけたスカートからさらけ出された足がひやっとしたが、
一瞬変な間があって、目を開いたとき、澤谷さんが、何やら見たこともない形相で、くまさんにつかみかかろうとしていた。
くまさんは、ひらり、ひらりと澤谷さんをかわしていた。見たことがない動きだった。
そして、体制を崩した澤谷さんが宙を舞った。
くまさんが、私を見下ろした。
多分、私が煮え切らないのも知っていた。
世間一般的にはいい男なんだと思う。
でも、どうしても、私はだめだった。
結婚に同意しても、やっぱりだめで、もう断らなければならない段で、
断り切れずにいた。
私は、この日、お酒は一滴も飲まずに固辞したけれど、場の雰囲気を借りて、ずっと聞けずにいたことを尋ねた。
「私、何で連載させてもらえたんですか?後から聞きました。佳作の人なんかも、アドバイスもらえたりするって。」
「すっごいいい作品だったよ。こびない感じが大人びて、受賞作みたいな華やかさはないけど、続けて読むうちにキャラクターに愛着わいてきて、命が、魂こもってんなあって。じわじわくるなって。」
「それ何回か聞いたけど、フランス料理食べながら聞いた子いないって。」
澤谷さんの手が止まった。
「それが不服なの?」
「感謝しなきゃいけないことなのかもしれない。でも、私、澤谷さん以外の人の話も聞いてみたかったんです。いつも。」
「優那の作品は俺が守るから。」
「母さんは、こういうの好きだけど、私はちょっと苦手なんです。母さんの娘だけど、嬉しいって感じることとか、心地よいって感じることは全然違うの。家族の中で、役割だって母とは違うから。」
澤谷さんは、すっかり気分を害していた。
そもそも、母と違って、私は堅実な方だ。長女の私がそうだから、実家も何とかなっている節もある。
母さんみたいに、大学に残りたい思いもあった。でも、私は、母みたいな天才肌ではないし、
いい女でもない。もうちょっとこつこつ地に足をつけてやりたい。
それに、澤谷さんが、私のいないところで「わがままないい女に振り回される自分」を演出していること、それが実は、一番嫌だった。
「私、しんどいから帰りたいとか、言ったことないです。」
「ああ、そう??」
かみ合わないのは百も承知で言った。
澤谷さんの周りの大人は、私のことを責めるかもしれない。
こんなに大事にされてるのに。
「優那のお母さんは関係ないよ。ファンではあるけど、仕事のことは別。連載だって、厳しいことも言わなきゃだったし、、」
「分けてくれなかったじゃないですか。恋愛と。押しつぶされそうだったんです。一生懸命もがいてるのに。」
言い始めて、だんだん訳が分からなくなってきた。
私、何うぬぼれてんだろう。
「続けていけないんです。本当にごめんなさい。」
私は、席を立とうとした。が、かなわなかった。
はじめ、私は自分が自分からみっともない転び方をしたのかと思ったが、
自分が胸ぐらつかまれて引きずり倒されたことに気が付いた。
今日は、年齢を偽ってはいるものの、誕生日で、彼氏にちょっといい店に連れて行ってもらえた。
私は、今日も我慢するべきだったかもしれない。
何が限界なのか、周りには、とんでもなく高慢ちきで鼻持ちならない女に見えていることだろう。
澤谷さんは酔っていた。
私は、覚悟を決めて話をしたわけだけれど、お酒の席でのマナーはわかってなかったかもしれない。
酒の席でする話じゃなかったかもしれない。
澤谷さんは、もう一度私の胸ぐらをつかんだ。
「何が不満なんだ。大人にここまでさせて。」
私は、生意気で、子どもだった。
「これ、澤谷さんのお金ですか?」
「????」
殴られると思った。血の気が引き、はだけたスカートからさらけ出された足がひやっとしたが、
一瞬変な間があって、目を開いたとき、澤谷さんが、何やら見たこともない形相で、くまさんにつかみかかろうとしていた。
くまさんは、ひらり、ひらりと澤谷さんをかわしていた。見たことがない動きだった。
そして、体制を崩した澤谷さんが宙を舞った。
くまさんが、私を見下ろした。