くまさんとうさぎさんの秘密
by 熊谷義明

洋治はやつれていた。子どもの頃から病気がちだったし、風邪をひきやすかったり、引きこもって出てこれないことがあった。

見た目はやつれているけれど、寝込んでいる訳でもなく、俺たちは、一緒に差し入れの映画を見た。一応、受験を意識して、歴史物を見ることになった。洋治の家に、古い設備しかなかったから、立体映画の再生機も持ち込んだ。

映画を見て、洋治の家族とも馴染んで、
女子二人、居間で洋治のお母さんの料理を手伝うことになったので、俺と洋治は部屋に上がった。

俺たちは、無言で階段を上がった。
洋治は、俺が部屋に入った後、扉を閉めて、俺に背を向けたまま「お前、口にしなかったんだってな」と呟いた。
「八代さんに、ドラッグの話したの、お前なんだろ?」洋治は、俺の顔を振り返った。
「そうだな。俺は、口にしなかった。何となく、ネットで調べたら、危険ドラッグだって。たまたま気がついてさ。」と、俺は言った。

洋治は、改めて、俺の目を見て、はっきりと、言った。

「俺さ、お前に、あれ、わたしたとき、あれがドラッグだって知ってた。」

俺は、、多分、薄々その事には気がついていた。。始めは、疑いもしなかった。でも、後から後から違和感のようなものがぬぐえなくなった。

「ちょっとそうかなって思ってた。」俺も、まっすぐ洋治の目を見て答えた。

沈黙があった。

ちびの頃、体格が似てたし、ほぼ同じくらいから柔道を始めたから、よく洋治とは当たらされた。
洋治は、兄ちゃんたちにかわいがられてたし、センスも良かったから、はじめは全くかなわなかった。
ところが、あるときから、俺の方が体が大きくなって、洋治は体調を崩して来れなくなった。
この頃から、俺は、洋治や兄ちゃんたちにつねられるようになった。組んでいるときに、見えないように袖口をつねるのが手口だった。
周りは見て見ぬふりしたし、俺は、時々泣きそうになりながら、道場にいた。

親父は、この時、俺に言った。
「袖口つねるとか、必ず相手の形も崩れてるんだから、そこで投げろ。卑怯なやり方には、正面から勝てばいい。」
多分、これは、1番正しいやり方だった。
つねろうとするところを投げる。
兄ちゃんたちが、影でこれに「義明スペシャル」と名前をつけた。
もちろん、つねられなくなったし、誰かが誰かにいじめられたなんて話は何もなかったことになった。

洋治が、何故、俺に「故意だ」と告白したのか。それは、分かるような気もしたし、分からないような気もした。
何か、家の事情とか、弱さとか強さとか、嫉妬とか横着心とか、共感したり冷めた気持ちになったりいろんなものを抱えながら、俺も洋治も生きてる。
完璧な友達なんていないし、あったらあったで、男同士気味が悪いとも思う。親の言うことだって、時々間違ってるし、俺たちは俺たちで、互いに何も分かっていない。

ひとみは、、相手の気持ちには気がつかなくて良いと言った。「あなたがまだ食べてないと分かったら、ホットしてくれるはず。」と、ひとみは言った。あれは、相手が誰でも、俺が口にいれない選択を迷わないように言ったことだ。

いつだったか、洋治は、自分の母親がひとみと俺を仲間はずれにしようとした話をしていた。母ちゃんたちは母ちゃんたちで必死だし、たまたまそのパワーが同じ方向に向いたとき、みんなで頑張って良かったと思えたことも、何度かある。
でも、多分、みんなが違うからこそできたことで、違うからこそいつも一緒というわけにもいかず、これ以上突き詰めることも歩み寄ることも無理だった。

「洋治は、仲間だ。」と、俺は言った。
洋治は、真顔で答えた。
「知ってる。でも、、俺にとっては、それだって「見つけてもらえないかくれんぼ」だ。」

「何だそれ??」

「宇佐美が言ってた。嘘ついても、バレないってことは、子どもにとって、「見つけてもらえないかくれんぼ」だって。子どもは、ばれたらどうなるんだろうって、期待しながら嘘つくんだよ。バレないってことは、一見最強だけど、本当は誰にも分ってもらえてないだけなんだ。」

「お前、まさか、宇佐美には飴ちゃんやってないよな。」
「やってないよ。俺、それはだめだって分かってる。あの子は、ちびっこにも配っちゃうかもしれない。」
俺は、ホッとした。洋治は、都合が悪いとナイショにはするが、嘘はつかない。
「洋治さ、そこまで含めて後遺症だと思って忘れてしまえよ。。」

「後遺症なんてないよ。そんなやってないし。酷い話なんだけど、今回のこと分かってからしばらく、あゆみとやりまくってたんだ。あいつ、気がまぎれるなら何でもするって。そんで、1週間たったら、突然何もする気がしなくなって、今日久々にあいつに会った。」

「あゆみ、知ってんだ。。」
「お前が知ってることの方を知らない。あいつ、俺と結婚する気だって言ってたけど、こんな情けない奴だって隠して付き合ってたら、詐欺だろ。。学祭も無理だし、彼氏情けなさすぎだ。でも、お前につかませたことは言ってない。」

「そのまま黙っとけよ。」

「忘れるとか無理だ。俺の悔しい気持ちや、ハズイ気持ちや、そういうの、義明が無視してる俺の気持ち、俺は無視できないんだ。」

いつまでぐちぐちやってんだか。本当のところ、「ドラッグだって知っていた」発言より、洋治が今グチグチやってることの方が、イライラした。俺は、普段あまりイライラしないけど、この時はイラついた。

「被害者ぶんなよ。お前さ、俺だってお前に裏切られたら、悔しかったり恥ずかしかったりあるけど言わない。身内の恥だから言わないだけだし、それは俺の勝手だろ。そもそも、ひどすぎるだろ。自分が引っかかったからって俺にも食わせようとか。俺がどんだけ心配したと思ってんだよ。」と、俺は言った。

洋治は作ったように笑った。
「ホント、ごめんな。ろくでもない奴で。」
自嘲。洋治は、ずっとここのところずっと自虐的だ。

「俺さ、飴ちゃんくれたやつ、最初はいい奴だと思ったんだよ。だから、「お前も、もう、お仲間だ」って笑われた時、めちゃめちゃ傷ついた。「仲間」って何だ。義明も、仲間って言うけど、奴も仲間って言ったんだ。奴が、知ってて俺をはめようとしたと分かった時、。」

「もうさ、ホント、忘れていいよ。そいつのことも。」

「俺だって、どうでもいいよ。あんな奴。それよりさ、そん時、ふと思ったんだよ。義明なら、こんな時、引っかかるんだろうかって。俺たち、兄ちゃんたちと一緒に、ちびの頃から義明に卑怯なことちょくちょくやっただろ、??でも、何か、スルスルすり抜けて、お前は何事もなかったようにずっと普通にして。」

「俺に試しに食わせようとしたところまで含めて、お前は病気だったと俺は思ってるからな。自分とあゆみのことだけ考えろよ。今は、休め。受験のストレスと、事件のストレスとでおかしくなってんだよ。」

俺だって、傷ついてる。
熊谷義明の秘密。友達に時々嫌われてる。でも、俺は、その事は、これからも、一生誰にも言わない。





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