くまさんとうさぎさんの秘密
曲がり角
by 熊谷 義明

工業用の直径2、3センチのホースの中を、小さな丸いものが移動する。
俺は、ペンの先くらいのコントローラを握っていて、その先をメタルが追う。コントローラの動きは、ホースの中の円いものと連動している。
メタルは、トンネルの内壁を切り取ったように変形し続けていた。コントローラのスイッチを押すと、メタルは1ヶ所に固定されて止まった。
コントローラの先から細い錐のようなものが飛び出す。
メタルにこれを当て丸く動かすと、メタルの方でも、工業用ホース方でも、円いものがポロンと落ちた。ホースに円い穴が開いた。
「すごいね。。」中野先生は、呆けた顔で言った。
「実際には、メタルはホースを再生してるわけなんですけど、切ってるように見えます。手に感触はつたわらないんですけどね。再生の遅れを利用して、うまく感触が残るように持っていきたいです。」
俺は、言った。

ホースの中を動いているのは、既存の医療用の内視鏡を改造したものだ。レーザーカッターと、鉗子とピンセットの機能を兼ね備えた部品と、カメラ三個を組み合わせてできている。

メタルの方は、拡大縮小が安易に可能。コントローラは、3次元立体拡大動画上で操作できる。かなり細やかな動きが可能だ。

「内視鏡手術での実用までの道のりは遠いから、感触をリアルにして、手術の練習用とか、工業用での実用化を狙っていけないかな。」

「私には、これでできないことなんて無いように思えるけど、医者じゃないから何も分からないわね。熊谷君は、医療機器にこだわってるけど、ロボットの外身としての利用も面白そうね。撮影したものだけじゃなくて、AIが再生するアニメーションも、これで再生可能だものね。乗り物とか、ここから進化して世の中変わったりすることもあるかと思うと、手が震えるわ。。」

「なるほどね。いろいろ作って、時田さんに、売りこんでもらおう。」

中野馨は、変な顔をした。ちょっと今まで見たことがない表情だ。
「先生、そう言えば、時田さんはどうしたんですか??」
「どうしたんだろうね。。もしかしたら、私が調子に乗ってたから、ホントに愛想つかされちゃったのかも。。」
俺は、それが、理系女の、泣きそうな顔だと気がついた。
「そんな理由で約束破る人じゃないでしょ。あれだけ安全性安全性って連呼してて、今、これを放置って、無いでしょ。」
「まあ、通常そうなんだけど、ちょっと今回はそれ以上の失態だったというか。。」

「何やったんですか??」

「その、にゃんにゃん。」

「何ですか、?」

「だから、にゃんにゃんだってば。」

何を言ってるのか理解するのに、タイムラグが必要だった。察しがついてしまって、冷や汗をかいた。

「その、、先生、、学生の前での発言には、もう少し気をつけた方が良くないですか??」
「やあもう、2、3日前からその事で頭がいっぱいで、泣けてきそうで、誰に相談して良いかも分からないのよ。」
「俺、口は固い方だけど、いつもいつも、こんな奔放なことしてんですか???」
「違うよ。こういうこと相談したのは熊谷君が初めてで、こういうことになったのは、時田さんが二人目。学生に話すべきことじゃないのは、頭では分かってる。でも、今、頭の中ぐちゃぐちゃで、どうして良いか皆目見当つかないの。」

よく、これで大学の教官が務まるもんだ。。
加えて、意外な展開だ。あの時田さんが、この中野先生を、すっかりしおらしい女に変えてしまってる。

「俺、ちょっと用事を思い出したんで、出てきます。すぐ戻るんで。」俺は、部屋を飛び出して、それから、空き教室に飛び込んだ。。

意外にも、時田さんには、すぐに電話がつながった。
「義明君、ちょうど連絡しようと思ってたんだよ。。」
「何やってるんですか??俺、時田さんの宿題より、話を前に進めちゃってますよ。安全の問題はどうなったんですか???」
「いろいろ気まずくてさ、。中野さん怒ってるでしょ。」何か、えらく呑気な声に聞こえて、俺はちょっと不愉快な気分になった。
「中野先生は、泣きそうな顔してますよ。時田さんに弄ばれたと話してます。」女の子にあんな顔させちゃダメでしょ。
「いやぁ、振られたのは俺の方だと思うんだけど、、俺としては、もう付き合ってるつもりでいたんだけど、ものすごく彼女怒らせて、、何怒らせてるのか皆目見当もつかないんだ。。」
「本人に聞いてみたらどうです?」

「皆目見当がつかない」という言葉は、最近流行っていただろうか。。時田さんは、時田さんで、動揺しているのだということに、今気がついた。

「中野先生、時田さんに嫌われてるんじゃないかって気にしてるみたいでしたよ。」
「俺は「大事にしたい」って言ったんだよ。でも、話が噛み合わなくて。「本気じゃないなら、触らないで」って、ものすごいいきおいで怒ったんだ。彼女。」

「時田さん、それ以上の話は、生々しくて聞きたくありません。早く話し合った方が良いですよ。俺は、今日は、荷物取ってきて帰ります。」
「分かった。」

俺が空き教室を出ると、時田さんは、廊下に立ってた。
「?!早いですね、、。」
「ずっと入口に車止めて時間つぶしてたからね。先生のところに行ってくるよ。」
「俺、荷物は後日取りに来ます。巻き込まれたくないんで。。」
「一応弁明しとくけど、俺は、彼女を弄んだりしてないから。」
「何かおかしいなあとは、思ったんです。うまくやってくださいよ。何か、あのまま野放しにして大丈夫な状態じゃなかったですよ。俺、中野先生には、先生でいてほしいんで。」


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