くまさんとうさぎさんの秘密

焼きもち

by 平林 みやこ

くまさんと宇佐ちゃんが部屋を出ていった後、部屋の中は、宇佐ちゃんの彼氏でちょっと沸いた。熊谷は、たっぱはあるし、ちょっと可愛い顔してるし、他人事だから、皆様気楽なもんだ。
でも、私とリュウジは、窓の外で小さく手をふる宇佐ちゃんが、熊谷に軽トラに押し込まれるのを見た。

リュウジは、不機嫌だった。
「何で、軽トラ??あり得ないだろ。」と、軽トラを指差し、私の顔を見て言った。

リュウジの基準もよく分からない。気に入らないのは??軽トラなのか??
「何か、熊谷の家、リフォーム中らしいよ。」と、私は、言った。
「それで、軽トラ??あいつ、何の仕事してんの?」
「私は、あいつの生業はあんまり知らないけど、軽トラはリフォーム業者からの借り物。」
「よく知ってんな??」
「だってあの軽トラ、うちの親戚のだから。」
「そうなの?」
リュウジは、語気を弱めた。
「うちのお母さんにとっても、親戚にとっても、熊谷御殿に招待されるってのは、名誉な事だったのよ。」

「そういうもん?」

「バカみたいと思うけど、そういうもん。うちのおばあちゃんのお姉さんが、リフォーム業者のお嫁さんなの。くまさんのお父さんの頃から、熊谷家のメンテナンスしてきたご夫婦でさ。電気工事の資格はあるから、インターホンくらいまでは対応してたらしいんだけど、年だし、最近の機械のことは分からないって引退したの。くまさんのとこは、セキュリティ関係のネットや機械設定は自分でするし、長い付き合いだから、まだ取引してるみたい。お子さんがいなくて、熊谷が訪ねて来るのめちゃめちゃ楽しみにしてる。今は、あいつ経由でしか商売してないみたいだよ。最近の機械のことは分からないって。」

「それで、軽トラ??」

「本人がカッコつけてないのが、唯一、信頼できる部分だよね。熊谷は、いらないこと言わないけど、嘘もないし、取り繕ったりもしないし。」

「あいつさ、何かちょっと俺の実の父親に似てるんだよ。高学歴だかなんだか知らないけど、デリカシー無い男。一見真面目そうなんだけど、何の計画性も責任感もない。女が影でどんな涙ぐましい努力してるか、見ようともしないんだ。」

リュウジの言うことは、分からないようでもあり、分かるような気もした。
私は、熊谷には、ずいぶん焼きもちやかされてきたから。
子どもの頃、私はピアノだってなんだって必死に練習したし、発表会のドレスだって、小物だって、すごく楽しみに準備した。お母さんだって、準備の段までは、私の衣装のことや、レッスンの具合を気遣ってくれて、それが、子ども心に嬉しかった。
でも、当日は、うちの家族は、私の衣装にも演奏にも見向きもしなかった。
自分達が付き合いたい人達との交流に夢中で、お父さんも、お母さんも、、私の事なんか見てない。。あの発表会当日の居心地悪さみたいなものは、今でも忘れられない。
私は、あの家族の見栄のためには、もう演奏しなくて良いと思う。私をダシに、自分の好奇心のままに行動してるだけだ。何より、私に何の興味もない事実が痛い。

「熊谷は、悪い奴ではないよ。熊谷は、理系男子だけど、意外と義理堅いし。女子のアピールには疎くても、人の気遣いに気がつかないというわけではないかも。」

私の親は、そんな感じだったが、熊谷は、必ず私に一声かけてくれる人だった。

「お前も、あいつのこと好きなの??」

「好きじゃないよ。嫌いではないけど、苦手。あいつと比べられると辛くてさ。小さい頃なんて、癇癪起こして「嫌い」って言わないように我慢してた。」

「何だそれ。。嫌いなんじゃん。」
「嫌いじゃなくて、「ニガテ」。」
「ハイハイ。」

「リュウジだって、あんた、あんだけ宇佐ちゃんに入れ込んで、連れてかれちゃったら気に入らないのも分かるけどさ、、博愛主義は返上なの?リュウジでも焼きもちやいたりするんだ。」

リュウジは、すねた。
「惚れたのはれたのじゃあないよ。」と、言い張った。
「じゃ、何で宇佐ちゃんに対してはあんな、ちやほや甘いわけ?」
「宇佐ちゃんへの気持ちは、恋愛じゃなくて創作意欲。あの子、俺が作るもの、本当に大事にしてくれるじゃん。彼女の写真、評判良いんだよ。ネットショップの売り上げが上がる。」

「なるほど。広告料なのね。社員割引??宇佐ちゃん、かなりあか抜けたよね。」

「あの子が可愛くしてると俺の注目度上がるんだよ。昔から、「お客様は、歩く広告塔と思え」って言うだろ。あの子は、俺にツキを運んでくるんだ。」
「あんたのブログ、宇佐ちゃんへの愛でいっぱいだよ。。」
「俺はさ、彼女を可愛くするのは好きだし、あれこれ他にも似合うだろうなぁとか考えるよ。でもさ、宇佐ちゃんは、「同級生が」「くまさんが」って、奴の視線すごく意識して自分を磨いてるわけじゃん。その意思をねじ曲げたりはしない。自信もって奴の前に立てたら、それが宇佐ちゃんの成功な訳で、、その時は、俺も1番良い笑顔もらえるわけ。」
「何か、、聞いてて、切ないね、、。」
「惚れたんじゃないって言ってるだろ??宇佐ちゃんには、熊谷の視線っていうコンセプトがあるんだ。でも、実際問題、熊谷がそんなにセンスある奴にも見えなくてさ。宇佐ちゃんが意識してる熊谷の視線て、一体ありゃなんなんだろう。」
「どうだろう。。」

何か、高尚なことをおっしゃっていて回りくどいが、それを嫉妬と呼ばずに、何と呼ぶのだろうか??

リュウジも複雑だ。リュウジの実の父親は、不倫して家を出ていったそうだ。リュウジの妙な意地の原因も、手に入らないものへの執着も、そんな出生と関係あるのかもしれない。仕事一筋と信じた父親が、外に恋人を作った事は、リュウジにとってショッキングな出来事だったに違いない。
熊谷や宇佐ちゃんは、親に溺愛されて育っている。彼らには分からないものを、私達は共有している。

「あんだけ健気な女子を軽トラに押し込むとかあり得ない。」

「宇佐ちゃんだって、無自覚なんだから、分かってないくらいの相手で、ちょうど良いんだよ。」
「何が??」
「あんだけ女子アピールしてる状態の女の子をお持ち帰りな訳だよ。女引っかけに来ましたみたいな、準備万端な男が相手なら、ただじゃすまないよね。。あんな、お祭りデートに行く中学生みたいな精神状態で、自分の可愛さ、全く無自覚じゃ、何されたって文句言えないんじゃん?」
「やめろよ。生々しい。。」
「リュウジはさ、宇佐ちゃんにかまいすぎだよ。。どんなに可愛く仕上げたって、リュウジの女じゃないじゃん。。」
私達は、ため息をついた。

リュウジなら、宇佐ちゃんが慣れないアクセサリーしてれば、すぐに気がつくだろう。リュウジはいつも、舞台に出る前に、私のことも宇佐ちゃんのことも、必ず一声誉めて持ち上げてくれる。
小さい頃から、寂しい発表会を繰り返してきた身には、こういうのは、本当にありがたい。気合いはいる。
この女子力の高さがリュウジの魅力の1つだと思う。

夏になって、露出が大きくなってきた。こないだは、みんなで、肩口からのぞく鎖骨のチラリズムで、盛り上がった。かなりふざけてたけど。ブラストラップを可愛いのに交換するのが流行ってる。
リュウジには、水着のパニエを作ってもらう約束をした。露出が少ない水着が欲しい話から、そういう約束になった。

彼女がブラストラップについて他の男に相談してると分かったとき、男どもは何を思うんだろう。。
久しぶりに、彼氏の事を思い出した。彼は、傷ついて、私の事をぶん殴るかもしれない。流されるように浮気する男なら、気がつきもしないんだろうか。
リュウジは、自分が選んだストラップを他の男に外される事を、どんな風に受け止めるんだろう。。

私達は、好きなものを着て良い。だからこそ、自分が選んで着ているものの責任をとらされたりもする。だらしないかっこうとか、隙があるかっこうとか。

私にとって、衣装は鎧だ。宇佐ちゃんみたいにうきうきと楽しんだりできない。かといって、彼女が羨ましいと思うほど、子どもにもなれない。

「リュウジもお子さまね。」と、私は言った。

「はっ?」

聞こえなくて良かった。

「来年の軽音の部長私に決まったからよろしく。」と、私は言った。
リュウジは、笑った。そして、
「みやこ、やっぱり、カッコいいなお前。」
と、言った。

















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