くまさんとうさぎさんの秘密
by 熊谷 義明

命の終わりは、いつやって来るか分からない。
宇佐美が、ひとみのお腹の赤ちゃんを、めちゃめちゃ楽しみにしてたのを知っている。
絶対に家の中が賑やかになると思っていたところで、ひとみに何かあったら、俺は立ち直れないだろう。。
今日は、どうしようもなく怖い思いをした。。

親父が亡くなってから、自分で判断しなければならないことが増えた。
ひとみは、いつまでも親父の彼女のままで、母親という感じでもなかった。ひとみは、何かと賢い女だとは思うけど、親父が逝ってしまってからは、彼女がえらく幼く見えた。

宇佐美が家に来るまで、ひとみが俺の部屋で寝ている事もあった。
ひとみに対しては、いわゆる反抗期みたいなこともしてこなかった。

前嶋さんには、セキュリティシステムの件で出入りするようになってから、めちゃめちゃ可愛がってもらってた。時々服をもらったことがある。店の奥には前嶋さんの住居があって、大きなウォークインクローゼットがある。「店に出入りするなら、それなりの格好をしろ」と、前嶋さんは、言った。
前嶋さんは、クローゼットの中からあれこれ選んでは、自分の服をくれた。「若向けだからいらない。お前が着た方が可愛いからやる」ということだった。
前嶋さんところでは、メーカーが作っているものを設定したり設置したりしてるだけだけだから、大したことはしてない。好きなように改造して良いと、前嶋さんが言うので、店の機械は、本当に好きに改造している。

俺は、ある時まで、前嶋さんと俺の関係が理解できなかった。仕事の付き合いと言うには、距離を詰められてる気がする。そうかと思えば、機嫌が悪いのを我慢しているような素振りもある。。

俺が店に出入りするようになって、ひとみは機嫌が良かった。俺の事を自慢してたのを知ってる。でも、ある時、お帰りなさいのハグの後、ひとみが
「あらら、あっちゃんの香り」と、言ったことがあった。前嶋さんにもらった服を着ていた日だ。ちょっと癖のある香りだけど、この距離、、つまり、ハグの距離じゃないと気がつかないんじゃないかな?。。
何と言うか、このセリフの違和感から、思わず二人を観察してしまった。俺は、しばらくこの違和感と付き合わなければならなかった。。宇佐美がうちに転がりこんで来て、ひとみが朝帰りした日、俺も気になりだした香りがひとみに染み付いていた。決定的。ひとみの相手は前嶋さんだ。。
前嶋さんからの、変な距離感の理由もちょっと分かってしまった。俺がひとみの息子だから、無下にできないんだ。嫌われてるわけではない。でも、多分、前嶋さんは、俺を息子と「意識しないように」気をつけているんだ。

俺は、ちょっとイラっとした。母親の恋人なんて、しれっと受け止めなければならない年齢かもしれない。親父は何年も前に死んだんだ。。だけど、何だろう。この不愉快な感じは。

「私なんか、5回もお母さんの入院経験してるんだよ。」と、宇佐美が言った。
「つくづく、宇佐美の母ちゃんって、すごい人だよな。。。」と、俺は言った。
「ちびの頃はよそに預けられてたみたい。小学校入ってからは、すごくお手伝いさせられてた記憶があるな。。」
「俺も、昔は兄弟欲しいと思ったことあったなあ。。親父がいなくなったから、誰にもそんな事言えなかったけど。」

彼女は、前嶋さんにもらったシチューを食べている。
親父が亡くなってから、晩御飯は、一人で食べることが多かった。ほったらかしにされても、腹時計は鳴ったし、朝になると目が覚めた。
でも、今日は、宇佐美がいなかったら、食べなかったかも。

前嶋さんが、「これ食べろ」と、言っていたら、固辞して食べなかったかも。
「彼女に食べさせろ」とは、うまい言い回しだ。つい、受け取ってしまう。宇佐美がつぎわけたから、シチューは俺の喉を通った。









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