悔しい想い
カップに入れたコーヒーが冷めていくのも忘れ、休憩室で頭を抱えているところに、聞き覚えのある声をかけられた。
「どうした……。具合でも悪いのか?」
こんな優しい言い方など、今までかつて聞いたことがない。いつものあの挑戦的でいて、得意げな口調はどうしたというのだ。
私は、両腕を枕にして俯せていた顔をむくりと上げた。
すぐそばには、やはりあの大沢が、いつにもない心配そうな顔をして私を見下ろしていた。
どんな時でも、見下ろすのは一緒だな……。
皮肉に思っていると、突然すっとしゃがみこんだ大沢と視線が同じになった。
互いの顔の位置が平衡になり近づいたことで、動揺した私の目が大きく見開かれる。
私が今までにない距離感に心を乱していると、間髪入れず、大沢のゴツく大きな手がこちらへと伸びてきた。
なにが始まるのか、少しも予想だにしていない私のおでこへ、その手が躊躇うことなく伸びて触れた。
な、なにが……起きた……?
脳内が働きだす前に、体の方が素早く反応を示した。おでこに触れたままの大沢の手に、なかったはずの熱が一気に上がっていく。
「……なっ……!」
まともな声にも言葉にもなりはしない。あたふたする感情を表面上は必死に押し殺しているけれど、心は動揺でパニックだ。
「熱はなさそうだけどな」
ほぼ平衡に合ったままの視線は逸らせず、私の心臓が暴れ出す。
「市原は、いつも頑張りすぎんだよ。たまには、息抜きすればいいのに」
あの大沢が私に優しい。なんだこの気遣いは……。目の前にいるこの男は、一体誰なのだろう?
バクバクと騒がしい心音が、思考を鈍らせる。
「い……、息抜き?」
あまりの優しい対応に、不覚にも言い返すどころか、気の抜けた声で訊ね返してしまった。
「いつもがむしゃらに頑張ってて、上も認めさせてるし。市原は、すげなーって思ってるけどさ。そんなんだと、いつかポッキリ折れちゃうんじゃないかって。俺、意外と心配してんだけどな」
言って笑った顔は、いつもの皮肉めいた片方の口角を上げる笑みじゃなくて。見惚れてしまうくらい、柔らかくて、優しい笑みだった。
だから、つい……。
「……心配してくれて、ありがと……」
しおらしい言葉や態度なんて、私には到底似合うはずもなくて。だから、口にしてしまった途端、恥ずかしさに目眩が起こりそうになる。バクバクと大音量の心音に加え、今度は脳内がグラグラと揺れる。
大沢は、こんな顔をする男だっただろうか。穏やかな微笑みに、心配そうに抑えた柔らかな声音。なんなら、その辺の保育士にも負けないくらい、見守り系のイケてる顔をしているじゃないか。
頼むから、そんな優しい目で私を見ないでくれ。これ以上、今までにないことをされてしまったら、私は……。