悔しい想い


「今日は、やけに素直だな。やっぱり、どっか調子が悪いんじゃないのか?」

 熱がないのがわかったからか、今度は額に手を伸ばしては来ないものの、私の目をじっと覗き込んでくるから、暴れていた心臓に拍車がかかる。

 や、……やめろ……。
 そんな目で見るな……。

「ん?」

 心の声が聞こえたのか、大沢が僅かに疑問を浮かべた表情をする。それから、閃いたというように、すっくと立ち上がった。

 いつもみたいに逆らうような、やり返すような態度をとることなど微塵も思いつかずに、その一連の動作を、私はまるで従順な飼い犬のようにただ目で追っていた。

 立ち上がった大沢は、やっぱり私を見下ろしていて。普段なら、イラッとせずにはいられないはずなのに、どうしてか大沢を見たまま目を逸らせず、私の心臓はおかしなリズムを刻み始める。

「腹、減ってんじゃね?」

 そう言ったと思ったら、テーブルに置かれたままの座っている私の手を握り、勢いをつけ引っ張り上げた。
 まるで軽い人形でもあしらうように、大沢は私の体をふわりと持ち上げる。

「メシ、奢ってやるよ。なんか栄養のあるもんでも食いに行こうぜ。まー、取り敢えず、スタミナだな。豚肉だ。あ、スタミナ丼なんてどうだ? ニンニクも入ってるし、元気になりそうじゃん」

 一人ペラペラと話し続ける大沢に手を引かれ、促されるままに休憩室から引きずり出された私は、やって来たエレベーターに乗り込んだ。
 エレベーターの中には、誰一人おらず。ランチタイムがとっくに始まって、他の社員は早々にそれぞれの食べたいものに向かって移動してしまったことが分かった。いつまでもグズグズと休憩室でうな垂れていた私と、どうしてかまだ社内に残っていた大沢だけが取り残されてでもいるようだ。

 ていうか、待ってよ。スタミナ丼て、なに……。そんなの食べたら、に、臭いが……。
 ……ニンニク臭くなるじゃんっ。恥ずかしいじゃん……。

 大沢に……臭いなどと……思われたくない……。

 そこまで考えてから、私はハッとして、漸く自分の気持ちに気がついた。

 わ、私……。

 脳内が一瞬フリーズする。構築し直すように、心が折り合いをつけようと、あらゆる計算式が目まぐるしく浮かんでは消えていった。そうして導き出された答えは――――。


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