人魚の住む海
「それからしばらくは親に海に連れて行ってもらえなくなったんだけど、中学入ってから何度かその海に行ってみたんだ。朝早く行ってずっと待ってた。でももう姿を見せてくれなかった・・・」

「うん・・・」胸が苦しい。

「それで水泳始めたんだよな。うまく泳げるようになったらまた会えるんじゃないかって。約束守ってもらえるじゃないかって。ほんとバカみたいなんだけど」

「・・・。それで今も信じてるの?」

「さすがに人魚なんていないとは思うけど、心の底では信じてる・・・気がする。ってもうオレなんかすげー恥ずかしいこと言ってるよな。なんでこんな話したんだろ。今まで誰にも話したことなかったのに」

タケルは顔を真っ赤にしてた。

「湊になら話してもいいような気がしたんだよな。どういうわけか」

「タケル・・・」

涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。

「人魚は多分ほんとにいたんだと思うよ」

やっとの思いでそれだけを口にした。

タケルはただ笑っただけだった。

私たちはその後無言でお弁当を食べた。

「私トイレに寄ってから戻るね」

そう伝えてタケルと廊下で別れる。

トイレの個室に篭り私は声をださずに静かに泣いた。

タケルが私のことを覚えていてくれた。

たとえ夢か現かわからなくなってたとしても。

綺麗なままの思い出をずっとずっと大切に心に持っていてくれていた。

それだけで十分だった。十分すぎるくらい私には幸せだった。

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