此華天女
   * * *


 数え切れないほどの神々が存在しているという北海大陸。そのなかで神とともに暮らしていた古民族は、それぞれが暮らす土地の神々から加護を受け、集落を作っていった。

「唯一の例外が、至高神と子を成した『天』の部族、カシケキク……つまり、天神の娘の祖、ということか」

 帝都、駒籠(こまごめ)にある清華五公家のひとつ、向清棲(むかいきよずみ)伯爵邸の応接室に柚葉はいる。

「そうです。随分とお詳しいですね」
「なに、伊妻の乱で御父君と戦った親父の受け売りだ。それに社の方で『雪』の部族との交渉がはじまっているんでね」

 和装の柚葉に対し、相手は異国から渡ってきた黒い紳士服スーツを着こなしている。商売柄、さまざまな土地と関係を持っている彼からすれば、正装が洋装なのも頷ける。

「……『雪』?」

 開拓途上の北海大陸も、彼からすれば今後、商売をするために手を伸ばしたい場所なのだろう。その相手が古くから土地に暮らす先住民だろうが問題にはならないのだ。

「ああ、柚葉くんは知らないだろうが、カイムの古民族の部族のなかのひとつで、大陸北東部に暮らすひとびとのことをウバシアッテと呼ぶんだ。国の最北端となる富若内港周辺は『雪』の部族によって興された場所だよ」
「てっきり『雨』だけだと思っていました」

 柚葉は自分が異母妹の祖先について殆ど知らないことに改めて気づき、愕然とする。
 同じ国内でありながら異なる文化を築きあげてきた北海大陸。そこに生きつづけるひとびとは神々のちからが薄れた現代も自然を享受し、神を身近なものと捉えて共存している。

「ああ、『雨』の部族であるルヤンペアッテはもともとちいさな集落が分散していたというからね。富若内だけじゃなくて、戦国時代に滅んだ『風』の部族レラ・ノイミが作ったという風祭(かぜまつり)の集落跡地や更に南に位置する神の加護を持たない椎斎(しいざい)にも『雨』の民はいるよ……でも、『雨』の大半が潤蕊の地で生活しているってのが一般的かな」

「潤蕊」

 使用人が運んできた砂糖菓子を頬張りながら、柚葉は呟く。潤蕊。多くの『雨』の部族が暮らす土地。
 そこに、桜桃はいるはずだ。

「神皇帝による開拓命令がでたことで、あのへんもごたごたしてるみたいだけどね。古都律華の鬼造が土地の買収に莫大な金を出したそうじゃないか。おかげで僕のところは多雪山系を越えた僻地しか手が出せなかったんだ、悔しいなあ」

 それほど悔しくなさそうに愚痴る男に、柚葉が苦笑いしながら口をひらく。

「潤蕊市内の冠理地区に設立された女学校もたしか、鬼造のものですよね」
「ああ。わけあり華族の令嬢ばかりを集めた陸の孤島。どこから莫大な金をひねり出したのかと思えば、その学費を土地の運営に充てているんだものなぁ、やり方は汚いがうまいと思うよ」

 うちには縁がないけどな、と笑いながら男はつづける。現在、向清棲伯爵家には六人の息子がいるだけで、花嫁修業をさせる必要のある年頃の少女はひとりもいない。男は正妻以外関係を持たずこの世を去った父のことを思い浮かべ、柚葉の横顔を見つめる。

 空我柚葉。すでに十八で帝国大学の学生だというが、まだ幼い感じがする。とはいえ、海外に出たっきりの父、樹太朗の跡を継ぐため、数多くの仕事を彼一人でこなしていることを考えると侮ることはできない。空我侯爵といえば帝都清華の五公家のなかでも頂点に値する。彼なら問題なく政界でも活躍できるだろう。

 天神の娘さえいなくなれば。
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