此華天女
* * *
空我侯爵邸の門前で多くの人間が待ち伏せていた。憲兵に新聞記者に野次馬に……うんざりする光景を無視して柚葉は焼け野原の別邸跡地を突っ切って本宅へ入る。裏口から入り、周囲を見渡すが、使用人が動いている気配はない。
「全員帰しておいたわよ。彼らを巻き込むのは本意じゃないもの」
「……姉上」
いままでどこほっつき歩いていたのよ、と疑わしそうな視線を向けながら、梅子は困惑した表情で事実を告げる。纏っている白絹に真っ赤な椿をあしらった小袖の着物が、いまの心境を代弁しているかのようだ。
「お母さまは毒を飲まれたそうよ。御自分で飲んだのか、それとも誰かに飲まされたのか、そこまではよくわからないけど」
遺体はすでに憲兵により運び出されたという。夫である空我当主が不在であるいま、子どもたちを無視して代わりに動いたのは川津の人間だろう。それも善意ではなく、自分たちに向けられる非を退けるための行動だ。
「口封じ、か?」
実子の実家、川津家は伊妻の乱以後、古都律華の頂点を我が物にしており、当主であり実子の継母にあたる川津蒔子まきこがいまは亡き夫にかわり権力を握っている。蒔子が実子の遺体を引き取ったというのなら……関係がないとは言い切れない。
「たぶんそうよ。ところで……柚葉は梅子がお母さまに毒を飲ませたとは疑わないのね」
「姉上は至高神の末裔であるゆすらを消そうとする古都律華の人間じゃない」
梅子は空我樹太朗の長女として、一度は結婚した夫の未亡人として、自分も帝都清華の一員だと自負している。古都律華が天神の娘を抹殺しようとしているのとは逆に、梅子は帝都清華の更なる繁栄のために天神の娘を利用しようとしている。愛妾の娘という立場からあえて残酷な方法で距離を保っていた梅子はいま、何を考えているのだろう。
「……似たようなものよ」
ふぃ、と顔をそらして梅子が呟く。
「天神の娘を畏れている、って点は、古都律華も帝都清華も皇一族もきっと、共通しているはず」
「皇一族? 帝が動かれたのですか?」
天神の娘の存在を容認していた名治神皇が動いた? だとすれば、湾と行動を共にしている桜桃はどうなる?
「そりゃ、これだけ騒ぎが大きくなれば動かざるおえないでしょう。お父さまはあの苔桃をずっと仕舞い込んでおきたかったみたいだけど……外に出てしまったんですもの。もとには戻れなくてよ」
空我侯爵邸の門前で多くの人間が待ち伏せていた。憲兵に新聞記者に野次馬に……うんざりする光景を無視して柚葉は焼け野原の別邸跡地を突っ切って本宅へ入る。裏口から入り、周囲を見渡すが、使用人が動いている気配はない。
「全員帰しておいたわよ。彼らを巻き込むのは本意じゃないもの」
「……姉上」
いままでどこほっつき歩いていたのよ、と疑わしそうな視線を向けながら、梅子は困惑した表情で事実を告げる。纏っている白絹に真っ赤な椿をあしらった小袖の着物が、いまの心境を代弁しているかのようだ。
「お母さまは毒を飲まれたそうよ。御自分で飲んだのか、それとも誰かに飲まされたのか、そこまではよくわからないけど」
遺体はすでに憲兵により運び出されたという。夫である空我当主が不在であるいま、子どもたちを無視して代わりに動いたのは川津の人間だろう。それも善意ではなく、自分たちに向けられる非を退けるための行動だ。
「口封じ、か?」
実子の実家、川津家は伊妻の乱以後、古都律華の頂点を我が物にしており、当主であり実子の継母にあたる川津蒔子まきこがいまは亡き夫にかわり権力を握っている。蒔子が実子の遺体を引き取ったというのなら……関係がないとは言い切れない。
「たぶんそうよ。ところで……柚葉は梅子がお母さまに毒を飲ませたとは疑わないのね」
「姉上は至高神の末裔であるゆすらを消そうとする古都律華の人間じゃない」
梅子は空我樹太朗の長女として、一度は結婚した夫の未亡人として、自分も帝都清華の一員だと自負している。古都律華が天神の娘を抹殺しようとしているのとは逆に、梅子は帝都清華の更なる繁栄のために天神の娘を利用しようとしている。愛妾の娘という立場からあえて残酷な方法で距離を保っていた梅子はいま、何を考えているのだろう。
「……似たようなものよ」
ふぃ、と顔をそらして梅子が呟く。
「天神の娘を畏れている、って点は、古都律華も帝都清華も皇一族もきっと、共通しているはず」
「皇一族? 帝が動かれたのですか?」
天神の娘の存在を容認していた名治神皇が動いた? だとすれば、湾と行動を共にしている桜桃はどうなる?
「そりゃ、これだけ騒ぎが大きくなれば動かざるおえないでしょう。お父さまはあの苔桃をずっと仕舞い込んでおきたかったみたいだけど……外に出てしまったんですもの。もとには戻れなくてよ」