此華天女
   * * *


 白で統一された寮内はどこも無機質だが、生徒たちが二人一組で生活をする部屋だけはそれぞれの個性が光っている。桂也乃と四季の部屋は、桂也乃の趣味なのか、緞帳の色が淡い撫子色で、床の敷物も薄紅色で、どちらにも愛らしい小花模様が編み込まれており、部屋全体を明るく華やいだ雰囲気にしていた。
 この学校に入ってそろそろ半月が経つというのに、桜桃は他の生徒たちが生活する部屋に足を運んだことがなかった。小環はこの部屋に行ったことがあるようで、「相変わらずの少女趣味だな」などと苦笑いをしている。

 だが、その部屋の主のひとりである桂也乃はここにはない。
 桜桃を庇って銃弾を受けた桂也乃の意識はその後すぐに戻ったものの、失血量が多かったため、立ち上がり動くことができなくなってしまったのだ。無理に動くと治りも悪くなると校医に判断され、いまも包帯を巻かれたまま救護室での生活を余儀なくされている。

 とはいえ、撃たれて半日してから桜桃たちが彼女の見舞いに行ったときにはすでに桂也乃は救護室の寝台を独り占めして優雅に本を読んでいた。彼女のそんな様子を見て、桜桃はようやく命に関わる怪我ではないことに気づけたようだ。

 その傍らには筆記用具と封緘のされた撫子色の封筒も転がっていた。小環が問いかけると、暇だから帝都のお姉さまに愚痴っちゃったの、と悪戯を思いついた子どものように今日の最終の郵便船に間に合うよう無理を押しつけて彼に託したのだ。小環は自分だけに見せられた宛先を確認し、桜桃と四季を残して桂也乃の依頼を遂行したのだ……空我本宅の住所で暮らす、うら若き未亡人で柚葉の実姉である前子爵夫人、黒多梅子へ届けるために。

 あれから。
 寒河江雁が猟銃で黒多桂也乃を撃ったという事件から三日が経っていた。あの手紙はもう桂也乃の義姉で桜桃の異母姉、梅子のもとに渡っただろうか。

 小環は混乱を避けるために桜桃に桂也乃が異母姉兄たちに手紙を送ったことを伝えていない。桂也乃もまた、桜桃にこれ以上心配させないよう小環に宛先を隠して手紙を託したに違いない。手紙の中身は気になるが、事件のことを報せただけにすぎないだろう。

 桂也乃の手紙から思考を移し、小環は声を発する。

「天神の娘や天女に関する噂は?」

 桂也乃が桜桃を庇ったのを目撃した生徒は両手に満たない数だが、もともと娯楽のない女学校だ、すでに尾鰭がついた噂が好き勝手に泳ぎ出している。

「……いまのところあたしが天神の娘だから桂也乃さんが庇ってくれた、なんて噂は出てないけど」
「それよりもなぜ『雪』の寒河江雁が帝都清華の令嬢に銃を向けたのか、その方が話題になっている」

 桜桃の応えを遮るように四季が小環に告げる。小環も頷き、当時の状況を思い出す。
 この日は午前中に蝶子の神嫁御渡があったことからもともと授業もなかった。桂也乃が桜桃を庇って撃たれたのは蝶子が学校を去ってからだ。その後、天候が急激に崩れたこともあり、多くの生徒は自室に戻っておとなしく午後を過ごしていた。そのときに、猟銃を持った寒河江雁がびしょ濡れのまま寮内に入ってきて、大騒ぎになったのだ。
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