此華天女
* * *
「お前……鬼造あられか?」
先に言葉を発したのは小環だった。
いつもふたりでいる鬼造姉妹の、背丈が低い方が姉で、高いのが妹である。小環に手を握られたまま、桜桃も目の前で松明を掲げて立っていたあられの姿を凝視する。
「ええ。姉上は寒河江さんの食事を片しに行っているわ。いまのうちに、中に入って」
「え?」
てっきり咎められるのだと思っていた桜桃は間の抜けた声を出して目を瞬かせる。
「三上さん。あなたが天神の娘で、『雪』の望む天女であるなら……わたしはあなたを信じてみようかな、って思ったのよ」
あられは微笑を浮かべたまま、怪訝そうな表情になった小環に伝える。
「わたし、『雨』の強引なやり方に疑問を持っちゃったの。『雪』の雹衛(ひょうえ)や逆さ斎にいろいろ吹きこまれちゃったから」
「吹きこむとは失礼だな」
桜桃と小環を追いかけてきた四季とかすみが合流したのを見て、あられは苦笑する。
「あら、あなたたちまで来るとは思わなかったわ」
「お姉さまひとりだと、何かあったとき心配だもの」
かすみはあられの前で頬を膨らませながら、桜桃と小環の前に立ち、深く頭を垂れる。
「逆さ斎の式神として四季に仕えております、古都律華鬼造家三女で『雨』の能力者、鬼造かすみと申します。天神の娘と始祖神の末裔であられるお二方にご挨拶が遅くなり申し訳ありません」
するすると流れるように言葉を口にするかすみを見て、桜桃と小環は圧倒される。
「彼女が、逆井の式神なのか……?」
「うん。あられの身代わりでしょっちゅうこの学校に潜入してた妹だよ」
小環の言葉に四季は素直に頷く。そして四季からかすみがまだ十三歳でこの学校の生徒ではないこと、彼女だけが鬼造一族のなかでちからを持つ『雨』の能力者であること、それゆえ古都律華の令嬢として扱われていない身分にあることなどを一気に説明される。
「……ところで逆さ斎って?」
かすみという少女が四季の傍で補佐しているらしいと理解した桜桃は、聞き慣れない単語に首を傾げ、小環に尋ねる。
「カイムの巫女姫が帝都に行ってしまったあと、『天』の傍流にいた神職が彼女の後を引き継ぎ、この土地に仕えてたんだ。その家が天と対になる逆さまな斎、逆井の一族なんだと」
「逆さまの斎、が逆井……」
「篁の言う通りだよ。逆井はカイムの土地を影で支える『天』の血をほんのすこしだけ引き継いだ神職の家系になるんだ。だから逆井直系の一族は神々の存在を肌で感じることができるし、簡単な暗示や呪術を施すことができるんだよ」
混乱させたくなかったから黙っていたけれど、と四季は桜桃に優しく告白する。
「ごめん。帝都のごたごたで手一杯なきみを自分の存在のせいで煩わせたくなかったんだ。でも、もう黙っていることはできないから先に言うよ」
いつも桜桃には微笑んでいた四季が、真面目な顔つきで瞳を覗き込んでいる。真剣そのものの四季に、桜桃も口を結んでじっと双眸を見つめ返す。灰色がかった瞳に浮かぶのは春の新緑を髣髴させる鮮やかな翠。
紺碧の夜空の下、あられが持つ橙色の松明に照らされたまま、時間が止まるかのような錯覚に陥る。
まるで恋人同士が睦みあうような距離だ。いつの間にか小環の手を放していたことに気づくこともなく、桜桃は自分の頬に両手をかざしていた。熱を帯びている。それも、かなり高い。四季の発した破壊力抜群なヒトコトのせいだ。
「ボクと結婚する気はない? さくら」
「お前……鬼造あられか?」
先に言葉を発したのは小環だった。
いつもふたりでいる鬼造姉妹の、背丈が低い方が姉で、高いのが妹である。小環に手を握られたまま、桜桃も目の前で松明を掲げて立っていたあられの姿を凝視する。
「ええ。姉上は寒河江さんの食事を片しに行っているわ。いまのうちに、中に入って」
「え?」
てっきり咎められるのだと思っていた桜桃は間の抜けた声を出して目を瞬かせる。
「三上さん。あなたが天神の娘で、『雪』の望む天女であるなら……わたしはあなたを信じてみようかな、って思ったのよ」
あられは微笑を浮かべたまま、怪訝そうな表情になった小環に伝える。
「わたし、『雨』の強引なやり方に疑問を持っちゃったの。『雪』の雹衛(ひょうえ)や逆さ斎にいろいろ吹きこまれちゃったから」
「吹きこむとは失礼だな」
桜桃と小環を追いかけてきた四季とかすみが合流したのを見て、あられは苦笑する。
「あら、あなたたちまで来るとは思わなかったわ」
「お姉さまひとりだと、何かあったとき心配だもの」
かすみはあられの前で頬を膨らませながら、桜桃と小環の前に立ち、深く頭を垂れる。
「逆さ斎の式神として四季に仕えております、古都律華鬼造家三女で『雨』の能力者、鬼造かすみと申します。天神の娘と始祖神の末裔であられるお二方にご挨拶が遅くなり申し訳ありません」
するすると流れるように言葉を口にするかすみを見て、桜桃と小環は圧倒される。
「彼女が、逆井の式神なのか……?」
「うん。あられの身代わりでしょっちゅうこの学校に潜入してた妹だよ」
小環の言葉に四季は素直に頷く。そして四季からかすみがまだ十三歳でこの学校の生徒ではないこと、彼女だけが鬼造一族のなかでちからを持つ『雨』の能力者であること、それゆえ古都律華の令嬢として扱われていない身分にあることなどを一気に説明される。
「……ところで逆さ斎って?」
かすみという少女が四季の傍で補佐しているらしいと理解した桜桃は、聞き慣れない単語に首を傾げ、小環に尋ねる。
「カイムの巫女姫が帝都に行ってしまったあと、『天』の傍流にいた神職が彼女の後を引き継ぎ、この土地に仕えてたんだ。その家が天と対になる逆さまな斎、逆井の一族なんだと」
「逆さまの斎、が逆井……」
「篁の言う通りだよ。逆井はカイムの土地を影で支える『天』の血をほんのすこしだけ引き継いだ神職の家系になるんだ。だから逆井直系の一族は神々の存在を肌で感じることができるし、簡単な暗示や呪術を施すことができるんだよ」
混乱させたくなかったから黙っていたけれど、と四季は桜桃に優しく告白する。
「ごめん。帝都のごたごたで手一杯なきみを自分の存在のせいで煩わせたくなかったんだ。でも、もう黙っていることはできないから先に言うよ」
いつも桜桃には微笑んでいた四季が、真面目な顔つきで瞳を覗き込んでいる。真剣そのものの四季に、桜桃も口を結んでじっと双眸を見つめ返す。灰色がかった瞳に浮かぶのは春の新緑を髣髴させる鮮やかな翠。
紺碧の夜空の下、あられが持つ橙色の松明に照らされたまま、時間が止まるかのような錯覚に陥る。
まるで恋人同士が睦みあうような距離だ。いつの間にか小環の手を放していたことに気づくこともなく、桜桃は自分の頬に両手をかざしていた。熱を帯びている。それも、かなり高い。四季の発した破壊力抜群なヒトコトのせいだ。
「ボクと結婚する気はない? さくら」