此華天女
   * * *


「冗談はよせ」

 桜桃への突然の求婚に、小環が四季を窘める。狼狽する小環を見て、四季はすまなそうに微笑を浮かべ、桜桃の瞼を指でなぞる。

「冗談じゃないよ。『天』の傍流である逆井一族にとってカシケキクの血統を受け継ぐ天神の娘は希望の象徴なんだ。カイムの巫女姫の娘がこの地へ戻ってきたと知って、ボクたちは嬉しいのさ。できれば花嫁に迎えて潤蕊に縛りつけたいくらいだ」
「あ、あたし……」

 四季の言葉にたじろぐ桜桃は救いを求めるように小環の方へ視線を向けるが、小環も四季の発言に戸惑いを隠せないようで、桜桃に何も言ってくれない。

「無理強いするつもりはないよ。ただ、考えておいてくれると嬉しいなと思ったからさ」

 くすくす笑って四季は桜桃の身体を突き放す。ふらついた身体を受け止めたのは、小環。

「そもそも女同士じゃ結婚なんてできないだろ?」
「篁、おかしなことを言うね。この女学校に入るためなら金と縁故コネがあれば身分や姓名や性別を詐称したって問題ないことくらい、君だって自分の身で立証済みだろう? それに逆さ斎はふつうの斎じゃないんだよ」

 なんせ逆なのだ。少女だけが斎だとは限らないと四季は堂々と口に乗せる。

「四季さん、も、オトコ?」

 信じられないと途方に暮れている桜桃と、「も」って何のこと? と首を傾げているあられ。

「ここまできたら、君も正体を名乗った方がいいんじゃないかな? 皇子さま」
「……貴様、何が目的だ」

 皇子と呼ばれて小環の顔つきが豹変する。身分を隠したまま桜桃の傍にいた小環は、いままで被っていた仮面を脱ぎ捨てるかのように口調を変え、不敵な笑みを浮かべる四季へ詰め寄っていく。

「暴力的な衝動に駆られて考えなしに動くのはよくないと思うけどな? それに、ボクのことよりもいまは優先すべきことがあると思うんだけど?」

 小環に襟巻を掴まれた四季は白い息を吐きながら饒舌に言葉を紡ぎ、桜桃たちを優しく煽る。

「地下にお入り、ちからなき天神の娘と始祖神の末裔よ。カイムの民が唄う神謡の言い伝えに従って、時の花を咲かせるんだ」
「言われなくとも!」

 噛みつくように小環が四季に応え、桜桃の身体を抱きかかえながら石段へ足を踏み入れていく。激昂している小環に桜桃も従い薄暗い石段を降りていくが、三段目でふと後ろを向いて、四季を呼ぶ。

「四季さん! あなた、あたしの夢に……」

 北海大陸にやって来た日の夢に現れた男のひと。あれは、四季だったのだと確信する。

「ようやく気づいたね。そうだよ、ボクたちカイムの民が望むのはこの土地に正統な春を呼び戻すこと。天女の代用として神嫁という生贄を投じてきた『雨』の間違った行いを糺すこと。それだけのことさ」
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