此華天女
   * * *


 ゆるやかに波打つ黒髪に、紺色に近い黒真珠のような瞳。西洋人形のような少女だと、初めて桂也乃を見たときに四季は印象を抱いた。けれど、人形のような容貌をしていても、桂也乃は生身の人間だった。好奇心旺盛で噂好きでお喋りで、喧しいくらいの女の子。事件が起こればあちこちに首を突っ込むおせっかい。四季もそんな彼女に、自分の正体をあっさり見破られ、図らずともワケありの女の子として扱ってくれたのである。桂也乃が大松皇子に雇われた間諜であると知ったときの驚きはいまも覚えている。そのときから、四季は彼女を護ろうと決めたのだ。胸に咲いた恋慕の情を秘めたまま。
 黒椿の紋が押された密命。知っていたのは四季と小環だけだっただろう。
 桂也乃が倒れていた寒椿の木立ちで、あられは穢れを祓うための清酒を振り撒いている四季を眺めながら、呟く。

「そういえば、椿の印は黒多家が使ってるんだっけ」
「ああ。有力華族はそれぞれが象徴となる植物を持っているからね。黒多家は椿だよ」
「ふーん。藤諏訪が藤で、美能が薔薇だってのは有名だけど、向清棲と空我にもそれぞれ該当する植物があるんだよね?」
「向清棲は菖蒲だよ。『雪』との商談で使われていたって蝶子が教えてくれたけど……空我は。そういえば知らないな」
「桜じゃないの?」
「桜の花紋は、皇一族が使ってるだろ」
「じゃあ、梅かな……」
「梅か桃あたりだろうな……一概に花だと決めつけるのもどうかと思うけど。篁は竜胆だけど、川津は松だし鬼造は柳だ。水嶌は竹だから、第三皇子の名前が青竹なんだよ」
「伊妻は?」
「桐」

 つまらなそうに四季は応える。伊妻が使っていたのは桐。そして『雨』の部族の長の名は梧。皮肉な偶然である。
 と、脳裡に過ったところで、四季は身体をぶるりと震わせる。

「……かすみ」
「何よ、あらたまって」
「来る」

 その一言で、かすみも身体を強張らせる。
 カイムの地に生きる神々が、動きだしている。四季の身体に、神々しいまでの気配が宿る。偶然か必然か、四季が自らの命を賭して禁術を発動させようとしているこのときに。

「――!」

 地面に亀裂が走る。咄嗟に四季を護るようにかすみが彼を抱えて跳躍する。亀裂は円形に走り、四季たちはその中央に降り立つ。
 四季は祈るように土地に両手をつけ、しゃがみ込む。

「我が身を差し出し逆さ斎が希う――」

 ふたたび、地響きが生じ、四季の立つ場所に亀裂を生む。かすみが四季を避難させようとするが、四季は彼女の手を振り払い、自らその亀裂のなかへ、飛びこんでいく。

「シキ!」

 かすみも追いかけようとするが、地面は四季だけを飲み込んで、鳴動をやめてしまう。

「嘘、でしょう?」

 こんな風に、あっさり終わることがあってもいいのか。四季が自分の命を投げ出してまで桂也乃を救おうとしていたのはわかっていたけれど……
 円形の亀裂にまっすぐに走った線。その向こうへ、四季は行ってしまった。まだ、カイムの地に春は来ていないのに。伊妻の残党も捕まっていないのに……!
 かすみは泣くこともできずに、その場に立ちつくす。
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