此華天女
* * *
「気がついた?」
「四季さん? なんで、ここに?」
桜桃は四季の腕に抱きかかえられたまま、ぱちくりと瞬きをする。自分はなぜこんなところにいるのだろう。たしか、小環と寒河江雁の暗示を解いて、危機に瀕している桂也乃の元へ向かっていたはずだ。
「……でも、途中でおおきな地震が起こって」
「神々がふだんは隠している界夢の扉を開いたのさ」
「カイムの扉?」
まっさらな地面に下ろされた桜桃は四季の言葉に首を傾げる。
「神謡に詠われている約束の地。北海大陸で寿命を迎えた魂が舞い戻り、新たな生命の息吹のために歯車を回す場所」
四季の言葉は抽象的でよくわからないが、桜桃はうん、と頷いて全体を見渡す。
空は青く、陸は白く、どこまでもどこまでもつづいている。白いのは雪かと思いきや、小さな白詰草の群生だった。桜桃は自分が初めて北海大陸で見た夢のなかの世界だと理解し、四季に向き直る。
「扉が開くとき、神々は新たな天女の降臨を真に望む。さくら、君は選ばれた。カイムの地に春を呼ぶ天女として、神々は君の存在を受け入れたんだ」
四季は桜桃の額へ手を翳し、一瞬で星型の花の印を刻んだ。音もなく額から淡い薄桃色のひかりが芽生える。桜桃の身体が熱を持ち、彼女が立っていた足元には、白以外の、赤や黄色の色彩の花がゆっくりと空へ向かって開きはじめている。
「ちょ、ちょっと待って。四季さん、言ってることがよくわからな」
「時間がない」
桜桃の戸惑いを遮り、四季はきっぱりと告げる。四季は識、になっている。桜桃は黙り込み、四季の言葉に耳を傾ける。
「羽衣の役割を担う彼にも伝えてほしい。神謡から、きみたちが成すべきことはわかっているだろうから」
「小環はここには来ないの?」
「いや、君を追って来てはいるが……辿りつけるかはわからないからな」
「どういうこと? 界夢って一か所じゃないの?」
「同じとは限らないよ。神々が管理するこの箱庭はときどき時空の歪みを生むし、誤って海や川に落ちればそのまま循環の輪のなかへ魂を奪われかねないからね」
「じゃあこんなところで待ってられないじゃない! 早く小環と合流しなくちゃ」
「そんなことしなくても、天女と羽衣は呼び合うんだから、強く念じて呼び寄せればいい」
「そんなことができるの!」
神々に天女と認められ、界夢の地に連れて行かれ、そこで封じられていたちからを解き放たれた桜桃は、自分の額に手を翳し、四季に言われたとおりに強く念じる。
――小環、来て!
「気がついた?」
「四季さん? なんで、ここに?」
桜桃は四季の腕に抱きかかえられたまま、ぱちくりと瞬きをする。自分はなぜこんなところにいるのだろう。たしか、小環と寒河江雁の暗示を解いて、危機に瀕している桂也乃の元へ向かっていたはずだ。
「……でも、途中でおおきな地震が起こって」
「神々がふだんは隠している界夢の扉を開いたのさ」
「カイムの扉?」
まっさらな地面に下ろされた桜桃は四季の言葉に首を傾げる。
「神謡に詠われている約束の地。北海大陸で寿命を迎えた魂が舞い戻り、新たな生命の息吹のために歯車を回す場所」
四季の言葉は抽象的でよくわからないが、桜桃はうん、と頷いて全体を見渡す。
空は青く、陸は白く、どこまでもどこまでもつづいている。白いのは雪かと思いきや、小さな白詰草の群生だった。桜桃は自分が初めて北海大陸で見た夢のなかの世界だと理解し、四季に向き直る。
「扉が開くとき、神々は新たな天女の降臨を真に望む。さくら、君は選ばれた。カイムの地に春を呼ぶ天女として、神々は君の存在を受け入れたんだ」
四季は桜桃の額へ手を翳し、一瞬で星型の花の印を刻んだ。音もなく額から淡い薄桃色のひかりが芽生える。桜桃の身体が熱を持ち、彼女が立っていた足元には、白以外の、赤や黄色の色彩の花がゆっくりと空へ向かって開きはじめている。
「ちょ、ちょっと待って。四季さん、言ってることがよくわからな」
「時間がない」
桜桃の戸惑いを遮り、四季はきっぱりと告げる。四季は識、になっている。桜桃は黙り込み、四季の言葉に耳を傾ける。
「羽衣の役割を担う彼にも伝えてほしい。神謡から、きみたちが成すべきことはわかっているだろうから」
「小環はここには来ないの?」
「いや、君を追って来てはいるが……辿りつけるかはわからないからな」
「どういうこと? 界夢って一か所じゃないの?」
「同じとは限らないよ。神々が管理するこの箱庭はときどき時空の歪みを生むし、誤って海や川に落ちればそのまま循環の輪のなかへ魂を奪われかねないからね」
「じゃあこんなところで待ってられないじゃない! 早く小環と合流しなくちゃ」
「そんなことしなくても、天女と羽衣は呼び合うんだから、強く念じて呼び寄せればいい」
「そんなことができるの!」
神々に天女と認められ、界夢の地に連れて行かれ、そこで封じられていたちからを解き放たれた桜桃は、自分の額に手を翳し、四季に言われたとおりに強く念じる。
――小環、来て!