此華天女
「ゆずは――空我柚葉が、伊妻が崇める『雷』の王だったんだな」
小環の悔しそうな視線に気づいたのか、慈雨が笑顔で歩み寄ってくる。
「あら、狩さん。誇り高き神嫁として嫁がれたのではなかったかしら?」
「おあいにくさま。あなたにかけられた暗示なら、ここにいる始祖神の末裔に解いてもらいましたわ」
だからもう慈雨の暗示にはかからないのだときっぱり言い切り、雁は慈雨の瞳をきつく睨み返す。
「そう。残念ね。でもいいわ、あなたよりももっと素敵な玩具を見つけたから。ねえ、小環さん。まずはあなた、遊んでくれない?」
くすくす笑いながら慈雨は雁から視線をそむけ、小環を挑発する。
「遊ぶだと?」
「そう。春を呼ぶ遊び。天女には羽衣が必要でしょう? 我らが『雷』の王とあなた、どちらが天女に選ばれし者なのか。そしてどちらが滅ぶべき者なのか……ねえ。此の世に栄華をもたらす天女に殺されてみない?」
その言葉が終わるのと同時に、柚葉が桜桃の耳底に甘い囁きを落とし、天女のちからを覚醒させる。
「桜桃?」
純白の西洋服をひらひらと蝶のようにはためかせながら、星の花を額に咲かせた桜桃は柚葉の腕から羽化し、天高く舞い上がる。
ふだんの灰色がかった榛色の瞳は、神聖さと禍々しさを共にした濃紫色に染まり、無感情のまま小環たちを見下ろしている。
「皇一族の第二皇子。あなたの存在は我らの野望の障害となる。いまここで、天女によって命を散らすがよい!」
昂揚した声をあげるのは慈雨の養父である梧種光。彼自身、天女のちからの偉大さを目の当たりにして感動でその場に立ちつくしているようだ。小環は彼の言葉を無視し、柚葉によって天女のちからを解放した桜桃に向けて声を荒げる。
「桜桃! 俺がわからないのか! 春を一緒に呼ぶのは俺だって言ってただろ?」
「この男の言葉に騙されちゃ駄目だよ。信じていいのは僕の言葉だけ。春を呼ぶのに邪魔な彼は、殺してしまいなさい」
ぞっとするほど柔らかい声音。桜桃は柚葉の声に反応して従順する。素直に彼女はカイムの古語を唱え、小環に向けて氷の矢を落とす。
「……Shirwen nitnei chikopuntek〈讃えよ暴風の魔〉」
「Chiranaranke shirokani rera〈吹き降りろ銀の風〉! ――篁さん、避けて!」
小環を押し飛ばし、雁が『雪』のちからで桜桃の攻撃を回避する。小環は地面に転がりながら桜桃が放った氷の矢が雁の颪によって粉々に破砕されるのを目の当たりにする。
「寒河江」
「わたしだって純血の『雪』よ。このくらいのちからなら使える。篁さんは、三上さんを助けることだけ考えて!」
「……邪魔をするな、『雪』の」
慈雨が舌打ちをして、雁に向けて炎を生み出す。雁は攻撃を巧みにかわしながら氷の礫を打ち返す。
「わたしを縛ったふたつ名の暗示を解いた篁さんならできるわ! 三上さんの暗示を解いて、春を呼んで!」
「『雪』の。余計なことを……」
「もうあなたの、『雨』や皇一族に叛意を持つ伊妻の人間に好き勝手などさせてやるものですか! わたしのふたつ名である狩のちから、いまここで喰らうがいい! Wen toiupun〈土吹雪〉!」
小環の悔しそうな視線に気づいたのか、慈雨が笑顔で歩み寄ってくる。
「あら、狩さん。誇り高き神嫁として嫁がれたのではなかったかしら?」
「おあいにくさま。あなたにかけられた暗示なら、ここにいる始祖神の末裔に解いてもらいましたわ」
だからもう慈雨の暗示にはかからないのだときっぱり言い切り、雁は慈雨の瞳をきつく睨み返す。
「そう。残念ね。でもいいわ、あなたよりももっと素敵な玩具を見つけたから。ねえ、小環さん。まずはあなた、遊んでくれない?」
くすくす笑いながら慈雨は雁から視線をそむけ、小環を挑発する。
「遊ぶだと?」
「そう。春を呼ぶ遊び。天女には羽衣が必要でしょう? 我らが『雷』の王とあなた、どちらが天女に選ばれし者なのか。そしてどちらが滅ぶべき者なのか……ねえ。此の世に栄華をもたらす天女に殺されてみない?」
その言葉が終わるのと同時に、柚葉が桜桃の耳底に甘い囁きを落とし、天女のちからを覚醒させる。
「桜桃?」
純白の西洋服をひらひらと蝶のようにはためかせながら、星の花を額に咲かせた桜桃は柚葉の腕から羽化し、天高く舞い上がる。
ふだんの灰色がかった榛色の瞳は、神聖さと禍々しさを共にした濃紫色に染まり、無感情のまま小環たちを見下ろしている。
「皇一族の第二皇子。あなたの存在は我らの野望の障害となる。いまここで、天女によって命を散らすがよい!」
昂揚した声をあげるのは慈雨の養父である梧種光。彼自身、天女のちからの偉大さを目の当たりにして感動でその場に立ちつくしているようだ。小環は彼の言葉を無視し、柚葉によって天女のちからを解放した桜桃に向けて声を荒げる。
「桜桃! 俺がわからないのか! 春を一緒に呼ぶのは俺だって言ってただろ?」
「この男の言葉に騙されちゃ駄目だよ。信じていいのは僕の言葉だけ。春を呼ぶのに邪魔な彼は、殺してしまいなさい」
ぞっとするほど柔らかい声音。桜桃は柚葉の声に反応して従順する。素直に彼女はカイムの古語を唱え、小環に向けて氷の矢を落とす。
「……Shirwen nitnei chikopuntek〈讃えよ暴風の魔〉」
「Chiranaranke shirokani rera〈吹き降りろ銀の風〉! ――篁さん、避けて!」
小環を押し飛ばし、雁が『雪』のちからで桜桃の攻撃を回避する。小環は地面に転がりながら桜桃が放った氷の矢が雁の颪によって粉々に破砕されるのを目の当たりにする。
「寒河江」
「わたしだって純血の『雪』よ。このくらいのちからなら使える。篁さんは、三上さんを助けることだけ考えて!」
「……邪魔をするな、『雪』の」
慈雨が舌打ちをして、雁に向けて炎を生み出す。雁は攻撃を巧みにかわしながら氷の礫を打ち返す。
「わたしを縛ったふたつ名の暗示を解いた篁さんならできるわ! 三上さんの暗示を解いて、春を呼んで!」
「『雪』の。余計なことを……」
「もうあなたの、『雨』や皇一族に叛意を持つ伊妻の人間に好き勝手などさせてやるものですか! わたしのふたつ名である狩のちから、いまここで喰らうがいい! Wen toiupun〈土吹雪〉!」