羊と虎
「あのぉ、そこ、私の席なんですけど」
仕事用の可愛らしい笑顔を女性に向ける。
先程とは違い、はっきりと猫を被った状態だ。
「あらゴメンなさい。気付かなかったわ」
大人の女性の雰囲気をかもし出した、茶色のウェーブの掛かった髪を肩より10cm程伸ばした女性が、余裕顔で見上げてくる。
「じゃぁ気付かれたでしょ、退いて頂けますか?」
小首をかしげて女性を見ると、一瞬不快な顔をして立ち上がった。
「この後お時間あるかしら」
杏奈の事は無視して、凱にねっとりと絡みつくような笑顔を向ける。
「申し訳ないが、彼女との時間を邪魔されたくない」
仕事モードに切り替わっている凱をチラリとみると、フッと笑っていた。
「嬉しいです」
とどめの杏奈の満面の笑顔と、凱の素っ気無い態度に女性が逃げるように立ち去った。