羊と虎

「お前、ホントに大会出んのか?」

珍しく全員揃った夕食の席で怜苑がそういう。

「出るよ」

「出るよって、最近稽古に来てないって、神取(かんどり)さん言ってたぞ」

神取は杏奈が就職するようになってからお世話になっている道場の師範だ。

40代後半でちょっと厳ついマッチョなオジサンだが、男気溢れる人で、杏奈は好きだった。

「先週は、仕事が忙しくて行けなかったんだよ」

『あれを仕事って言うのかは微妙だけどね』

凱との勉強会を思い出すと、食事がメインの様な気がしてきた。

「お前もとうとう、空手より仕事が優先か」

呆れたように言う怜苑にカチンと来て言い返そうと口を開こうとした時。

「怜苑みたいに空手を仕事に出来るのは、とても幸せな事よ。
誰だって、好きな事だけしたいけど、それを仕事に出来ない人の方が多いわ」

母が、ほんわかと笑いながら暢気な口調でそう言う。
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