不良に恋した私 ~Is there love in the air?~
1、赤髪の男子 ~Is there love in the air?~
私は自分のことが、大嫌いだった。
口下手で、思ってることの半分も伝えることが出来ない。
素直になることに抵抗を感じて、つい思ってもいないことを口にしてしまう。
それで散々今までいろんな人を傷つけて、みんな私から離れていった。
いつの間にか自分から他人を遠ざける癖がついて、一人でいることが平気になった。
いや、平気だと思い込まないと寂しくて心がどうにかなりそうだった。
そんな私でも、一人ぐらい自分をわかってくれる人がそばに居てくれたりすれば、自分の自信にも繋がるのだろうけど、そんなに人生は都合よくいかない。
ならせめて、自分を少しでも変えたい。誰も私のことをしらない場所で新しい自分を作りたい。
だから私はこの高校を選んだ。不良ばかりの誰も行きたがらない、この高校を。
高校の始業式。
私は体育館に集まっていた生徒を見て愕然とした。
昨日の入学式に居たはずの黒髪の生徒は打って変わって、茶色の髪へと変わっていた。
ああ、これだったんだ。ずっとひっかかっていたことがわかった。
昨日はこの学校にはそぐわないくらいの真面目な格好の生徒ばかりだった。
実際は今日のこれこそが、この学校の本当の姿なんだろう。
茶、赤、緑、青に金髪。中が見えそうなくらい短いスカートの丈。今にもずり落ちそうなズボン。耳や鼻にはピアスが数個。
真面目そうなのは、ほんの一握りだ。
でも今日、真面目そうな子も、きっと明日には、この空気に染まっているだろう。
今の私は完全に浮いていた。
明日から染めてくる……そういう手もあるのだろうが、
髪を大事にしていた私は、生まれてこの方、染めるどころか、ストレートやパーマさえあてたことがなかった。
そして、これから先もするつもりはない。
かといって、ピアスも痛そうで無理だ。
たとえ、頑張って見た目だけ合わせることが出来たとしても、自分が変わらない限り、結局は同じことの繰り返しなのだから、意味がないと思った。
なんとなく体育館に生徒が集まり始め、先生達に整列するように言われた。
もうすぐ始業式が始まりそうな少しガヤガヤする中。
「丸山、遅いぞ!……おまえ、なんだ!?また派手なその髪の色は!」
遅れて入ってきた男子生徒が、体育館の入り口で先生に注意されていた。
「イメチェン。いい色だろ?」
遠めから見ても、一際、目に付く赤髪だった。
そんな髪の色をしていたら当たり前に指導されるだろうに、何を考えているのか、先生に赤髪を自慢げに見せている。
先生へのその態度から見ても、同じ一年生ではないのはすぐにわかった。
案の定、彼の足元に目をやると、上履きの色が自分の青色の物とは違った。
緑色の上履き。緑色は二年生だ。
「丸山!後で職員室まで来なさい!」
「誰が行くか、めんどくせぇ」
丸山くんは、先生に歯向かう態度を見せると、私達が並んでいる列に入ってきた。
丸山くんが、私のすぐ横まで歩いてくると、ほんのりとコロンのいい匂いがした。
「わりぃ、俺ここなんだけど」
っと、私の右隣に居た男子に声をかけた。
「す、すみません」
明らかに怖そうな丸山くんに、声をかけられた男子はおどおどペコペコお辞儀をしながら、彼を自分の前へ入れた。
入るところ間違えてるよね。私は思った。この列は新入生。上級生はもっと左側の列のはずだ。
でも誰も間違いを指摘しない。
彼の上履きの色が周りとは違うことに、私の他には誰一人気がついていないのか、はたまた、彼の髪色が派手なことと、さっき先生への態度のせいで、みんな怖くて何も言い出せないのだろうか。
そういう私も、間違いを指摘出来ずにいた。
別に丸山くんが怖そうだからとかじゃない。
今まで人と関わることから避けていたから、声をかけるタイミングがつかめないだけだ。
私は横目でチラッと彼の方を見た。
先生への態度は悪かったが、きれいな顔立ちで女子受けはよさそうだ。
やわらかそうなふんわりパーマに、後ろが短めのマッシュカット。
前髪が目にかかっていて、表情がよく見えない。
近くで見ると、本当に綺麗な赤い髪だ。
奇抜な色なのに、不思議と彼には似合っていた。
横目で見ていたつもりが、いつの間にか、丸山くんを凝視していた。
他人のことがこんなにも気になるのは、初めてのことだった。
綺麗な髪に見惚れて、彼から視線を外すのをすっかり忘れていた。
「あ?なんだよ?」
どうやら私がジッと見ていたことが、気に入らなかったようだ。
丸山くんは目にかかった前髪を片手でよけながら、するどい目付きで私をにらみつけてきた。
にらまれたはずなのに、前髪に隠れてたその顔が、想像以上にカッコ良くて、私の胸がドキンと高鳴なるのを感じた。
あ、私、この顔好きだ。
「なんか言えよ」
丸山くんは、何も答えない私に明らかにイライラしてた。
何か言わないと……、
「赤い髪……綺麗だね」
私は動揺し過ぎて、思わず変なことを口走ってしまった。 自分の発言に、顔がカッと熱くなるのを感じた。
「バカか……」
呟くように丸山くんが言った。
そして、私のことなど、興味なさそうにそっぽ向いた。
私につられただけなのか、そっぽを向いた丸山くんの耳が、ほんのり赤らんでいるように見えた。
始業式が終わり、教室へ向かう途中。
丸山くんだけが、別の方へと歩いて行く。
職員室に行くのかとも思ったが、あきらかに逆方向だった。
今までの私なら他人に関わるようなことは絶対にしない。
でも、丸山くんに睨まれたあの瞬間から、私の心に何かが引っかかって離れなかった。
私は探偵のようにコソコソと、丸山くんの後を追った。
後を付けていくと、バスケ部と書かれた部屋に入って行くところだった。
このまま中に入られてしまったら、流石にその扉を開けて入る勇気はない。
思い切って、
「ねぇ?どうしたの?何してるの?」
っと、私が声をかけると、丸山くんは迷惑そうな顔でこちらを見た。
「なんだ、おまえ、さっきの……。なんで、付いてきた?」
付いてきてしまった理由なんて、私にもよくわからなかった。
ただ、気になったからなんて、軽い告白みたいで、恥ずかしくて言えなかった。
「しょ、職員室、行かなくていいの?さっき先生に言われてたでしょ?」
そんなこと本当はどうでもよかったが、他に言える言葉が出てこなかった。
「バーカ、行くわけねぇーだろ。おまえこそ、早く教室に戻ったほうがいいぜ」
丸山くんは、私をその場からさっさと追い払いたかったみたいだ。
でも、その場から動こうとしない私に、丸山くんは面倒くさそうに軽くため息を付いた。
「今、誰もいねぇーし、入れば?」
丸山くんに誘われ、私は部室の中へと足を踏み入れた。
中に入ると、どこかで嗅いだことあるようなほんのり嫌な臭いと、同時に丸山くんと同じコロンのいい香りがした。
「鍵、かけろよ」
丸山くんに言われ、私は少し戸惑いながらもドアの鍵を閉めた。
私が鍵をかけたのを見計らうように、丸山くんは部室に置いてあった鞄から、なにやら四角い箱を取り出した。
タバコだ。
丸山くんはその箱から、ライター、それにタバコを一本取り出すと、 口にくわえ火をつけた。窓際に置いてあった空き缶を灰皿代わりに持ってくると、手近にあったパイプ椅子を逆向きにし、またがるように座った。
無駄のない、手慣れた動きだった。
「おまえも、こっちきて吸うか?」
丸山くんの言葉に、私は激しく何度も首を横に振った。
未成年はタバコを吸ってはいけない。
丸山くんだってそんなことは言われなくても、わかっているはずだ。
「そう」
っと短く言うと、丸山くんは、それ以上は勧めてこなかった。
「……禁断症状……」
丸山くんが呟いたそれが、さっきした私の質問の答えだと気づくのに少し時間がかかった。
その言葉からも、タバコを吸うのが今日が初めてではないことがわかった。
タバコを吸う丸山くんは、何故か少し寂しそうに見えた。
心にある寂しさをタバコで誤魔化しているみたいだ。
すらりとして長身でカッコイイ丸山くんに、タバコなんて、全然、似合わないと思った。
それどころか、かなりのイメージダウンだ。
もし、タバコを吸うことが大人でカッコいいと思ってやっているのだとしたら、今すぐやめた方がいいと思った。
体を悪くするだけだし、タバコ吸うことに、いいことなんて一つもない。
「背、……伸びなくなっちゃうよ?」
私はまた、思っていることをきちんと言葉にすることが出来なかった。
本当に伝えたいことはそんなことじゃなかった。
丸山くんは無言で立ち上がると、私に近づいてきた。
不思議と怖さは感じなかったが、私はなんとなく後ずさりをした。
私はいつのまにか、壁際に追いやられていた。
背中はもう壁だ。
これ以上は下がれない。
その時、丸山くんの手が振り上がった。
叩かれるのかと思って目をぎゅっとつむってみたが、その手は私の頭上に優しく置かれただけだった。
「ちっせぇーな」
そう言われて彼の方を見上げると、頭一つ分以上は高い位置に丸山くんの顔があった。
目の前に立たれると、自分が思っている以上に丸山くんの背を高く感じた。
「……おまえ、いくつ?」
「え?」
よく見ると、丸山くんはタバコを持つ右手を不自然に横へと伸ばしていた。 煙が少しでも、私の方にいかないように気にしてくれているようだ。
そんなに人を気遣う優しさがあるなら、吸わなければいいのに……。と、思ったけど口にはしなかった。
「身長だよ」
「……154センチ」
「ちっせ」
丸山くんはフッと鼻で笑うと、タバコを一口、寂しそうに吸った。
「おまえは吸うなよ」
そういうと、丸山くんは、また元の椅子に座りなおした。
そして、私がここにいることさえすっかり忘れてしまったかのように、またタバコを吸いだした。
「む、無理だよ……もう、少し吸っちゃった……」
私は丸山くんを困らせたかったのだろうか。
何故そんな言葉を口にしたのか、
自分でも、よくわからなかった……。
口下手で、思ってることの半分も伝えることが出来ない。
素直になることに抵抗を感じて、つい思ってもいないことを口にしてしまう。
それで散々今までいろんな人を傷つけて、みんな私から離れていった。
いつの間にか自分から他人を遠ざける癖がついて、一人でいることが平気になった。
いや、平気だと思い込まないと寂しくて心がどうにかなりそうだった。
そんな私でも、一人ぐらい自分をわかってくれる人がそばに居てくれたりすれば、自分の自信にも繋がるのだろうけど、そんなに人生は都合よくいかない。
ならせめて、自分を少しでも変えたい。誰も私のことをしらない場所で新しい自分を作りたい。
だから私はこの高校を選んだ。不良ばかりの誰も行きたがらない、この高校を。
高校の始業式。
私は体育館に集まっていた生徒を見て愕然とした。
昨日の入学式に居たはずの黒髪の生徒は打って変わって、茶色の髪へと変わっていた。
ああ、これだったんだ。ずっとひっかかっていたことがわかった。
昨日はこの学校にはそぐわないくらいの真面目な格好の生徒ばかりだった。
実際は今日のこれこそが、この学校の本当の姿なんだろう。
茶、赤、緑、青に金髪。中が見えそうなくらい短いスカートの丈。今にもずり落ちそうなズボン。耳や鼻にはピアスが数個。
真面目そうなのは、ほんの一握りだ。
でも今日、真面目そうな子も、きっと明日には、この空気に染まっているだろう。
今の私は完全に浮いていた。
明日から染めてくる……そういう手もあるのだろうが、
髪を大事にしていた私は、生まれてこの方、染めるどころか、ストレートやパーマさえあてたことがなかった。
そして、これから先もするつもりはない。
かといって、ピアスも痛そうで無理だ。
たとえ、頑張って見た目だけ合わせることが出来たとしても、自分が変わらない限り、結局は同じことの繰り返しなのだから、意味がないと思った。
なんとなく体育館に生徒が集まり始め、先生達に整列するように言われた。
もうすぐ始業式が始まりそうな少しガヤガヤする中。
「丸山、遅いぞ!……おまえ、なんだ!?また派手なその髪の色は!」
遅れて入ってきた男子生徒が、体育館の入り口で先生に注意されていた。
「イメチェン。いい色だろ?」
遠めから見ても、一際、目に付く赤髪だった。
そんな髪の色をしていたら当たり前に指導されるだろうに、何を考えているのか、先生に赤髪を自慢げに見せている。
先生へのその態度から見ても、同じ一年生ではないのはすぐにわかった。
案の定、彼の足元に目をやると、上履きの色が自分の青色の物とは違った。
緑色の上履き。緑色は二年生だ。
「丸山!後で職員室まで来なさい!」
「誰が行くか、めんどくせぇ」
丸山くんは、先生に歯向かう態度を見せると、私達が並んでいる列に入ってきた。
丸山くんが、私のすぐ横まで歩いてくると、ほんのりとコロンのいい匂いがした。
「わりぃ、俺ここなんだけど」
っと、私の右隣に居た男子に声をかけた。
「す、すみません」
明らかに怖そうな丸山くんに、声をかけられた男子はおどおどペコペコお辞儀をしながら、彼を自分の前へ入れた。
入るところ間違えてるよね。私は思った。この列は新入生。上級生はもっと左側の列のはずだ。
でも誰も間違いを指摘しない。
彼の上履きの色が周りとは違うことに、私の他には誰一人気がついていないのか、はたまた、彼の髪色が派手なことと、さっき先生への態度のせいで、みんな怖くて何も言い出せないのだろうか。
そういう私も、間違いを指摘出来ずにいた。
別に丸山くんが怖そうだからとかじゃない。
今まで人と関わることから避けていたから、声をかけるタイミングがつかめないだけだ。
私は横目でチラッと彼の方を見た。
先生への態度は悪かったが、きれいな顔立ちで女子受けはよさそうだ。
やわらかそうなふんわりパーマに、後ろが短めのマッシュカット。
前髪が目にかかっていて、表情がよく見えない。
近くで見ると、本当に綺麗な赤い髪だ。
奇抜な色なのに、不思議と彼には似合っていた。
横目で見ていたつもりが、いつの間にか、丸山くんを凝視していた。
他人のことがこんなにも気になるのは、初めてのことだった。
綺麗な髪に見惚れて、彼から視線を外すのをすっかり忘れていた。
「あ?なんだよ?」
どうやら私がジッと見ていたことが、気に入らなかったようだ。
丸山くんは目にかかった前髪を片手でよけながら、するどい目付きで私をにらみつけてきた。
にらまれたはずなのに、前髪に隠れてたその顔が、想像以上にカッコ良くて、私の胸がドキンと高鳴なるのを感じた。
あ、私、この顔好きだ。
「なんか言えよ」
丸山くんは、何も答えない私に明らかにイライラしてた。
何か言わないと……、
「赤い髪……綺麗だね」
私は動揺し過ぎて、思わず変なことを口走ってしまった。 自分の発言に、顔がカッと熱くなるのを感じた。
「バカか……」
呟くように丸山くんが言った。
そして、私のことなど、興味なさそうにそっぽ向いた。
私につられただけなのか、そっぽを向いた丸山くんの耳が、ほんのり赤らんでいるように見えた。
始業式が終わり、教室へ向かう途中。
丸山くんだけが、別の方へと歩いて行く。
職員室に行くのかとも思ったが、あきらかに逆方向だった。
今までの私なら他人に関わるようなことは絶対にしない。
でも、丸山くんに睨まれたあの瞬間から、私の心に何かが引っかかって離れなかった。
私は探偵のようにコソコソと、丸山くんの後を追った。
後を付けていくと、バスケ部と書かれた部屋に入って行くところだった。
このまま中に入られてしまったら、流石にその扉を開けて入る勇気はない。
思い切って、
「ねぇ?どうしたの?何してるの?」
っと、私が声をかけると、丸山くんは迷惑そうな顔でこちらを見た。
「なんだ、おまえ、さっきの……。なんで、付いてきた?」
付いてきてしまった理由なんて、私にもよくわからなかった。
ただ、気になったからなんて、軽い告白みたいで、恥ずかしくて言えなかった。
「しょ、職員室、行かなくていいの?さっき先生に言われてたでしょ?」
そんなこと本当はどうでもよかったが、他に言える言葉が出てこなかった。
「バーカ、行くわけねぇーだろ。おまえこそ、早く教室に戻ったほうがいいぜ」
丸山くんは、私をその場からさっさと追い払いたかったみたいだ。
でも、その場から動こうとしない私に、丸山くんは面倒くさそうに軽くため息を付いた。
「今、誰もいねぇーし、入れば?」
丸山くんに誘われ、私は部室の中へと足を踏み入れた。
中に入ると、どこかで嗅いだことあるようなほんのり嫌な臭いと、同時に丸山くんと同じコロンのいい香りがした。
「鍵、かけろよ」
丸山くんに言われ、私は少し戸惑いながらもドアの鍵を閉めた。
私が鍵をかけたのを見計らうように、丸山くんは部室に置いてあった鞄から、なにやら四角い箱を取り出した。
タバコだ。
丸山くんはその箱から、ライター、それにタバコを一本取り出すと、 口にくわえ火をつけた。窓際に置いてあった空き缶を灰皿代わりに持ってくると、手近にあったパイプ椅子を逆向きにし、またがるように座った。
無駄のない、手慣れた動きだった。
「おまえも、こっちきて吸うか?」
丸山くんの言葉に、私は激しく何度も首を横に振った。
未成年はタバコを吸ってはいけない。
丸山くんだってそんなことは言われなくても、わかっているはずだ。
「そう」
っと短く言うと、丸山くんは、それ以上は勧めてこなかった。
「……禁断症状……」
丸山くんが呟いたそれが、さっきした私の質問の答えだと気づくのに少し時間がかかった。
その言葉からも、タバコを吸うのが今日が初めてではないことがわかった。
タバコを吸う丸山くんは、何故か少し寂しそうに見えた。
心にある寂しさをタバコで誤魔化しているみたいだ。
すらりとして長身でカッコイイ丸山くんに、タバコなんて、全然、似合わないと思った。
それどころか、かなりのイメージダウンだ。
もし、タバコを吸うことが大人でカッコいいと思ってやっているのだとしたら、今すぐやめた方がいいと思った。
体を悪くするだけだし、タバコ吸うことに、いいことなんて一つもない。
「背、……伸びなくなっちゃうよ?」
私はまた、思っていることをきちんと言葉にすることが出来なかった。
本当に伝えたいことはそんなことじゃなかった。
丸山くんは無言で立ち上がると、私に近づいてきた。
不思議と怖さは感じなかったが、私はなんとなく後ずさりをした。
私はいつのまにか、壁際に追いやられていた。
背中はもう壁だ。
これ以上は下がれない。
その時、丸山くんの手が振り上がった。
叩かれるのかと思って目をぎゅっとつむってみたが、その手は私の頭上に優しく置かれただけだった。
「ちっせぇーな」
そう言われて彼の方を見上げると、頭一つ分以上は高い位置に丸山くんの顔があった。
目の前に立たれると、自分が思っている以上に丸山くんの背を高く感じた。
「……おまえ、いくつ?」
「え?」
よく見ると、丸山くんはタバコを持つ右手を不自然に横へと伸ばしていた。 煙が少しでも、私の方にいかないように気にしてくれているようだ。
そんなに人を気遣う優しさがあるなら、吸わなければいいのに……。と、思ったけど口にはしなかった。
「身長だよ」
「……154センチ」
「ちっせ」
丸山くんはフッと鼻で笑うと、タバコを一口、寂しそうに吸った。
「おまえは吸うなよ」
そういうと、丸山くんは、また元の椅子に座りなおした。
そして、私がここにいることさえすっかり忘れてしまったかのように、またタバコを吸いだした。
「む、無理だよ……もう、少し吸っちゃった……」
私は丸山くんを困らせたかったのだろうか。
何故そんな言葉を口にしたのか、
自分でも、よくわからなかった……。
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