超レ欲ス



「なに?」

彼女はそれを見て怪訝そうに言った。

「図書館では本を読むべきだろ。さっきのコーヒーのお返し。いつだったかに受け取らなかった、これをあげます。読んでみてください」

彼女へ向けて差し出した俺の手には一冊の単行本。

「Lock Lobe《ロックロウブ》(耳に鍵)」と表紙に書かれたそれは、ふた月ほど前に俺が買って、彼女が読みたいと言ったきりで放っておかれ、今までずっと俺の鞄に入ったままになっていた未だ男女を問わず人気の、あの本だった。

それを彼女が受け取ったのを見届けてから、

「これ、勝負だから」

と踵を返した。

「え?ちょっと。なんのつもり?」

「これから勝負。それ読んで泣いたら俺の勝ち。泣かなかったらキミの勝ち。負けた方は自分の非を素直に認めて相手のハナシを聴く。わかった?」

「なんだそりゃ」

「キミがなんで怒ってるか知らないけど、俺だってキミに腹が立ってるってことだよ」

「なんで私に?」

「キミの兄貴に訊いてもいいけど、まぁそれじゃ俺の気が収まらないから。キミが勝ったら素直に言うし」
静かな館内で、すぐ背後には彼女の息づかい。そしてしばしの沈黙のあと、

「……わかった」

と聞いた。

それで俺は図書館を後にした。



――こんな勝負、どっちにしたって俺に得はないのにな、なんて考えながら。


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