超レ欲ス
……香田が登校してきた時、教室は微妙に、しかし気にするほどでもない程度に変な空気を漂わせていた。
なぜか。
そのつい十分ほど前まで、俺が泣いていたからである。
それを空気察知の鼻だけは人二十倍ほど優秀な香田は敏感に察知し、席に着くなり、
「なぁ、俺来る前、なんかあった?」
と訊いてきた。
香田の相手なんぞしているヒマのなかった俺は、「別に」と応えた。
すると香田は「ふうん」と不審そうにじっとこっちを見て、そのすぐ前の席の志田に今度はこう訊いた。
「志田、俺が来る前、テルなんかあった?」
それに志田はこう答えてしまったのだ。
「ああ、うん。なんか本読んで泣いてた」
バカである。
解説の必要のないほどのバカである。
そうしたら、そこはお祭りごとと他人の弱みと火事場には、始まる五分前には待機していそうな香田のこと。
大歓喜である。
かくして俺は笑いもののさらし者。
香田、わざわざ早く来ていた皆さんにインタビューまでやってのける律儀さで俺をまつり上げるはやし立てる。
なんともヒマなバカである。
俺はといえば、浜野と並んで読書に没頭しているので、そんなバカのワキワキ大騒ぎなんぞ、微塵たりとも相手にしていない。
浅瀬晴美オススメの一冊、「チリと僕」を読むのに必死である。
バカにかまうヒマなんぞ、あるわけがなかった。