お姉ちゃん
「なにやっとんじゃくるぁー」
べしん、と後頭部に鈍い衝撃が走り、思わず咥えた煙草を落っことしそうになるのを慌てて指で食い止めた。
むすり顔で後ろを向くと、お姉ちゃんが一仕事終えた時の上機嫌なニヤニヤ顔でわたしの後ろに立っていた。
お姉ちゃんの手には紙の束、おそらく書きあがったばかりの原稿だ。いいのかそんな大事なモノで、妹の頭を叩くだなんて。
「バレてないとでも思ってた? 持って行くなら言ってよね、高いんだから。今もう」
「怒るとこ、そこ?」
「わたしにソレ言う資格があるとでも?」
いや、無い。お姉ちゃんは合法的な年齢になる前から吸っていた。さもありなん。
そんな反面教師のお姉ちゃんも、わたしの隣に陣取ってゴソゴソと煙草を1本取り出し、持ってきたマッチを灯して火をつければ、
「火、いる?」
お姉ちゃんが咥えた煙草の先をこちら向ける。
わたしは咥えた煙草を指で支えながらゆっくりと彼女の咥える火のついた煙草の先端に自分の煙草の先端を近づけていく。
顔を近づけるので、自然と彼女との距離も近くなる。目を瞑って少し口をつき出して待っている彼女の顔は、まるで本当に唇を合わせるキスを待っているようだった。
こんな堂々と法律を破っていいのか。
そんなことを思ったが、シガーキスを待つ彼女の顔が可愛かったので、わたしは何も言わずに煙草の先端を合わせた。
彼女は吸う動作をしていなかったので、弱い火ではきちんと移るのに少し時間がかかったけれど、どうせすぐ消すから弱くてもいいかと思い、少しだけ火がついた段階でわたしは彼女の煙草から自分の煙草を離した。
「ん、ついた」
わたしがそう言うと、彼女はゆっくりと目を開ける。
咥えた煙草の先端に小さな火がつき、細い煙が出ている
これで2人は共謀共犯、いわゆる運命共同体? 捕まるときは2人一緒ね、何て言ってもこのお姉ちゃん、わたしを突き飛ばして囮にでもして「必ず助けに戻るから!」って言いつつ、逃げていきそうな人だしね。
月明かりの下に姉妹並んで煙をふかす。
じりじりと葉先が燃えていき、咥えたわたしの口の中を、次第に紫煙が席巻する。もう何度目かと吸ってみたけど、未だにコレがおいしい等とは思えない。
まだまだ成長期真っ只中なわたしと違い、お姉ちゃんの立ち姿はまるで映画のワンシーンみたいに格好いい、夜風になびく少し赤く染まった長い髪も、すらりと伸びる細い手足も、男の子が喜びそうな大きさの胸やお尻も、どこか遠くを眺めるアンニュイな瞳も、全部が全部、わたしには無いものだ。
お姉ちゃんは、ただ隣に立っているだけでわたしの全部が嫌になるくらい、とても綺麗な人だ。
灰皿代わりに使っている紙粘土製のよくわからないモノ(たしか工作の時間に花瓶として作ったのだったか)の上に灰を落とすと、お姉ちゃんもわたしをマネしてそこに灰を落としたそれを見た瞬間にわたしはフッと、何だかもういいやって気分になってしまい、残った煙草の芯を灰皿もどきの上にぎゅっと押し付けて火をもみ消した。
「あー、もったいないなぁ。まだ全然吸えるじゃんそれ」
「だっておいしくないんだもん」
「そんなんだったら吸うんじゃねーよマセガキー」