お姉ちゃん
わたしは昨日の放課後に、長瀬くんから「好きだ」と告白された。
それは、いい。嬉しいとも、少しだけ思った。
けれど、返事は待ってと一晩考えた結果、本当にただ嬉しいっていう、それだけだった。
わたしは彼のことをなにも知らないし、告白されるまでその他大勢の他人と同じく大して興味もなかった。たぶんそれが答えの全部だと思ったから、今日どこかでこっそりと、本当にこっそりと誰にも知られないように、お断りの返事をするつもりだったんだ。
なのにそんな思惑の全てが、今の彼の一言でご破算だ。日々刺激的な変化と情報を求める高校生というコミュニティには、瞬きをする間に噂が噂を上塗りして広がっていく。
彼の何気ない一言は思春期真っ盛りの子供たちの想像力を色恋沙汰に直結させるには申し分ないキーワードで、ざわめきはいつしか荒波みたいに飛沫を上げながら、教室中を飲み込んでいた。
綾川さんが不安そうに、わたしと長瀬くんのほうを見つめているのが視界の端に映る。
綾川さんも、長瀬くんのことが好きだなんて噂を聞くひとりだ。だからそんな綾川さんと、その周りでひそひそ話す女の子たちを見て、ああ、本当に、めんどくさいことになったって思った。
「おい長瀬! なんだよ、お前東に告ったのかよ!」 「ヒュウヒュウ! お熱いねぇ、お二人さん!」 「けど、東かぁ。ちょっと意外かもなぁ」 「わたし、長瀬くんは綾川さんのことが好きなんだと思ってた」 「だよねぇ、長瀬くんには綾川さんのほうが……」 「東さんってちょっと暗いしね」 「長瀬とはあんまり合わないんじゃねぇかなぁ」 「なぁなぁ長瀬、なんで東のこと好きになったん?」 「やだちょっと男子、変なこと聞かないでよ!」 「ていうか東さん、なんか怒ってる?」 「怒りたいのはうちらの方だし。マジ意味解んない、綾川がかわいそう」 「はやく返事しろよ」
あー、うるさいうるさいうるさい。
何だってわたしの周りはこんな風に、面倒なことばかり渦巻いているんだろう。
学校なんて、なんにも楽しくない。勉強だって、意味の無いことばかりに思える。
本を読んでる時間だけ、それだけあれば何もいらないのに、なんだってこんな面倒でうるさくて厄介な子供の相手をしなければならないのだろう。今までだってただひたすら、せめて自分がそんな面倒に巻き込まれないようにしてきたのに、長瀬くんのおかげで全部台無しじゃないか。
ざわめきはいつしか喧騒に変わり、わたしの耳には外国のヘビメタみたいな、意味のわからない言葉にしか聞こえない。
そんな喧騒の中で歯軋りしながら、もうこんな場所に一分一秒だって居たくないって思って鞄に手を伸ばそうとした、その瞬間。