お姉ちゃん
「東は、お前らみたいにガキじゃないんだよ!」
突然、長瀬くんが窓を揺らすほどの大声で叫んだ。
その大声に慄いて、教室中がしんと静まり返る。
「東は、いつも窓際で本を読んでて、大人しくて、確かにちょっと暗いかもしれないって思われるけど、お前らみたいに影でこそこそ悪口も言わないし、掃除当番サボって自分らだけコンビニで寄り道したりもしないし、お前らがサボった掃除当番、だれがやってくれてんのか知ってんのか? 東だよ! お前らが適当に放り投げてる本棚がいつも番号順に並んでるのはなんでか知ってんのかよ! 東がいつも並べてくれてんだよ! 花瓶の花がなんでずっと綺麗に咲いているのか気づいたやつとかいるのかよっ! 東がいつも、花瓶の水を取り替えてくれてるからだよ! そういうのなんにも見て無いくせに、勝手なことばっかり言ってんじゃねぇよお前ら!」
わたしは手に持った文庫本を、力一杯に長瀬くんの顔面目掛けて投げつけた。
思わず、投げつけていた。文庫本は長瀬くんの鼻っ面にクリティカルヒットした。
長瀬くんの絶叫に驚いて静まり返った教室中が、今度は鼻血をたらしながら目をパチクリさせる長瀬くんを見つめて静まり返ったと思えば、
「あっ血!」「かわいそう」「え、どっちが?」「暴力女じゃん」
ひそひそと言葉が渦を巻く。
「そうっいうのがっ! いっちばんっ!! ウザったいのっ!!!」
震えた声と、鼻の辺りに漂う塩の味、わたしは、どうやら泣いているみたいだった。
何だかもう、全部が全部嫌になって、わたしは鞄を引っ掴み、投げつけた文庫本も拾わず、そのまま早足で逃げ出すように、教室を後にした。
途中ですれ違った担任の先生に呼び止められそうになったけれど、早退しますと大声で叫んだら、それ以上の追及は飛んでこなかった。
下駄箱で靴を履き替えながら、わたしにとって人生最悪なこの日の事をお姉ちゃんに報告したら、どんな風に笑い飛ばしてくれるかなぁなんて期待してみれば、涙は止まらないのに、何だか笑いが込み上げてきた。