お姉ちゃん
「わたしは、そういうのダメなの! 学校とか、通うのだけでも、嫌でしょうがないとか、友達とか面倒だとか、そんな風に思ってる嫌なやつなの! 周りの子達の評価が概ね正しいの! そう思われても仕方ない風に振舞うのが楽なの! わたしはっ、長瀬くんやお姉ちゃんとは違うの!」
「……東?」
「みんなと一緒がいいとか、そういう風に思えないの。喫茶店の窓際でコーヒーでも飲みながら、ぼんやりと小説を読むのが好きなの。長瀬くんたちみたいにみんなで楽しく話しているのを、遠くから眺めているだけで十分なの。一緒に居るのが楽しいだなんて、どんなに頑張っても思えないの! お願いだからわかってよ、わたしはこういうやつなの」
「あー……、そっか。嫌われてたのか? 俺」
「違うでしょ! 長瀬くんがわたしのことを、嫌いになるんでしょ!」
「はあ? 意味わかんねぇ」
「だからっ! わたしと付き合うとか、そういうことになっても、全然これっぽっちも、楽しくなんかないんだから!」
「ていうか東って、こんな風に熱く語っちゃったりすんだねなんて、ちょっとトキメキ」
「あぁあ、バカ! 長瀬くんのバカ! 今日みたいなあんな風なのとかも、ほんとヤダ! 泣いたし!」
「ごめん、ちょー反省してる」
「だからなんで、いい加減! わたしのことなんか放っておいて、学校に戻ってよ! もういいじゃん、わたしのことなんかぁ!」
「いいわけねぇだろ! 放っておけないし! だって、だってさ」
「だって、なにさ!」
「東のこと好きなんだから、しょうがないだろ!」
「うん。そいつぁ、しょうがないね」
ふたりして、顔を真っ赤にしてため池のコイみたいに、口をパクパクさせて見つめ合って。
そんなバカみたいなふたりをベランダ越しから見降ろしながら、お姉ちゃんがニヤニヤ顔で煙草の煙をふかせていた。
気づいたらいつの間にやら、わたしの家の前までたどり着いていたらしい。
わたしは自分のやからした大失態より何より、お姉ちゃんにこの現場を見られたことを恥ずかしいって思った。
お姉ちゃんはベランダから、本屋で書物を値踏みするときのような目でジロジロと長瀬くんのことを眺めて、それから眼を細めて、クスリとひとつ含み笑いを浮かべた、その表情は、本屋でお気に入りの一冊を見つけた時と、よく似ていた。
それが何を意味するかを何となく察して、わたしはベランダに向けて叫び放った。