銀狼と緋色のかなた
4人が神殿を出るのを確かめると、はるかは神殿の入り口を勾玉で鍵をした。

その様子をかなたは夢見心地で眺めていた。

"あれが鍵だったなんて"

あの勾玉は確かにいつも叔父の首元にぶら下がっていた。てっきりお守りかなにかと思っていたのに。

"そういえば、はるかが村を出てから、叔父さん、あのお守りをしていなかったかも"

自分の観察力の鈍さに、かなたは苦笑した。

そんなかなたを気にもせず、はるかは一冊の書籍をかなたに手渡すと、はるかの実家である"離れ"に戻ってやすみたいと言った。

はるかもヒロトも、もちろん空月も、昨夜は一睡もしていない。

「じゃあ、また明日、午前10時に神殿で会いましょう」

そういってはるかとヒロトは離れに消えていった。



本家に戻ると、かなたは空月に向き合い、空月の両腕を掴みながら言った。

「空月、眠いでしょ?私だけぐっすり寝ててごめんね。それにお腹も空いたよね。急いで何か作るから」

「おまえは馬鹿なの?あれは寝てたんじゃなくて倒れてたんだっつーの。おまえこそ体が本調子じゃないだろ。俺が朝食は準備するから、かなたは寝てろよ」


そう言って、空月はかなたの頭を優しく撫でた。

かなたは、あの日の望月に一度だけ人形の空月に会って以来、ずっと狼の姿の空月に接してきた。

人語を話せない空月に、かなたは一方的に話しかけるばかりで、人間の空月がこんなにおしゃべりで、俺様で、でもやっぱり優しいことを知らなかった。

「ううん、全然疲れてないよ。かえって力がみなぎってるくらい。空月の血をもらったからかな?私もやっぱり狼だったんだね」

そう言って首を傾げて微笑むかなたを抱き寄せて、空月が顔を歪ませた。

「かなた,,,。生きてて本当に良かった。ずっとこうしてお前を抱き締めたかった。狼としてそばにいるだけでなく、人間としてお前を守りたかったから、それがかなって本当に嬉しいよ」

空月のその言葉を聞いて、かなたも空月の背中に腕を回してぐっと抱き締め返した。

「二度も私を助けてくれてありがとう」

二人は見つめ合ってお互いの瞳に宿る情熱を探る。

どちらからともなく、顔を寄せ合うと、最初は触れるだけの優しいキスを繰り返した。

それはだんだんと深くなり、お互いを確かめ合うような情熱的なものに変わる。

人と狼、ただ舐めるだけの動物的な触れ合いではなく、今は想いを確かめ合える手段として、人間だけが求め合えるキスを二人は思う存分堪能した。

「ずっとこうしたかった」

人と狼としての許されぬ恋に、愛情を心にしまい込んでいた二人には、今こうして抱き合いキスをすることのできる現状こそが幸せ以外の何物でもなかった。


< 38 / 41 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop