銀狼と緋色のかなた
空月が人狼になって9か月が過ぎたある日。
空月がねぐらにしている洞窟に一人の女性がやって来た。

色白で緋色の目をした綺麗な顔立ち。帽子の中に髪を全ておさめているので少年のようにも見えるが、体つきは女性だった。

唸る狼に恐れを見せず、空月の体に触れ、偶然にも彼のことを"月"を意味する"ウォル"と呼んだ。

臥せの状態の空月の首に抱きつき、彼女は空月の背中に顔を埋めた。安心するねぐらを見つけたと肩の力が抜けたからか、何かを囁いたあと声をひそめてしぱらく泣いていた。

空月は自分の中の庇護欲が段々と大きくなるのを感じていたが、狼の姿では彼女を抱き締めることはできない,,,。

泣き声が聞こえなくなったかと思うと、彼女はいつのまにか眠っていた。



朝になり"彼女の食事用に"と、こどものイノシシを取ってきてやった。以外にも彼女は肉をさばいて火で調理し始めた。

久しぶりの調理された料理。人であった頃の思い出が頭をよぎる。

その後、一緒に出かけた森で、彼女は衝撃の事実を語った。

「ねえ、私も狼だって言ったら信じる?」

彼女も人狼だというのか?

緋色の目をした人狼の一族が東の森の奥に住んでいると聞いたことはあった。だか、ごく少数しか生き残っておらず、ここ数年は姿を見るのも稀だと聞いていた。

泉に両足をつけた彼女が続けて言う。

次のブラッディムーンまでに伴侶を見つけなければ狼になってしまう、と。

「狼になったら、私をお嫁さんにしてくれる?それなら私、運命の人なんて出会わなくてもいいかも,,,なんてね」

優しくて残酷な言葉だった。

彼女は空月が人狼の成れの果てだとは知らない。

空月の経験してきた限り、雄であっても狼の姿で生活することは想像以上に過酷だ。

「冗談だよ、ウォル。そんな顔しないで」

"冗談か,,,"

"もう少し早く出会っていれば"

空月が誰かに興味を抱いたのは、この時が初めてだった。

ほんの少しの憂いと、彼女を自分と同じ運命にさせてはいけないという責任感が、空月の瞳を悲しみの色に染めた。
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