月と薔薇のプレリュード
「いってきまーす」
そう叫びながらガチャっと玄関の扉を開けた瞬間、昨日より冷えた風が身体を包んで、思わず身震いをした。
「あ、花音!」
スタートダッシュを切ろうとしていた私は、不意に呼び止められ、え?と振り向く。
「そういえば明後日、琉斗(ると)君がイギリスから帰るって」
「琉斗が?」
突然の情報に目をパチクリと瞬きをした。
懐かしいその名前の響きは、甘く脳を痺れさせて、記憶の蓋を開けさせる。
私より2つ年上の幼馴染み。
「ああ、うちにも顔を出すって。3年ぶりだな」
ーー3年ぶり。
そうだ、彼と最後に会ったのは私が14歳で、彼が16歳の時。
朧気な思い出に色が染み込んで、3年前に見たきりの琉斗の表情が浮かぶ。
やっとイギリスから帰ってくるんだ。
そう思うと、喜びと懐かしさと安堵が溢れ出して、知らぬ間に表情が緩む。
「ほら、早く行かないと遅刻するぞ」
「あ、そうだった、いってきます!」
急かされた私はハッと我に返って、家を飛び出した。