こんなにも美しい世界で、また君に出会えたということ。
36.本当に好きな人
珠樹との通話が終わり、朝陽はすぐにリビングへと向かった。事情を知っている乃々がいるとはいえ、紫乃の人見知りは周りの人よりも度が強い。そもそも紫乃は乃々ともあまり話していないのだから、今の状況は四面楚歌のようなものだろう。
そういう心配をしていたが、それは杞憂に終わったようだ。
確かに彼女は、お世辞にも彩のように社交的には振舞えていない。しかし乃々に手助けされながらも、なんとか会話に混ざることが出来ていた。
「紫乃さんは、もしかしてピーマンが苦手なのですか?」
「あ、うん……実は、子どもの頃から苦手で……」
「あらー言ってくれれば夏野菜カレーじゃなくて、いつも通りの具材にしたのに」
「ごめんなさい……」
「紫乃ちゃんってば、そんなに謙遜しなくていいよーもう私たち、家族みたいなものなんだし!」
二人とも、紫乃の違和感には気付いているのだろう。昨日までの彼女とは、まるで別人のように違うのだから。それでも今まで通り接していられるのは、麻倉家の人間が他人に対してとても大らかだからだ。
リビングに入ってきた朝陽を紫乃が見つけると、張り詰めていた表情が少しだけやわらいだ。彼女が安心するようにと、朝陽はすぐ隣の席に腰を落ち着ける。
「ごめん。今日は一人分お昼ご飯が増えちゃって」
「あらあらいいのよー! お父さん今日はお仕事だし、可愛い子が増えるのはお母さん嬉しいから!」
「そういえば、乃々ちゃんって紫乃ちゃんの妹なの?」
「あ、いえ、乃々さんは紫乃の妹じゃありません……」
「乃々は、綾坂彩という方の妹ですよ。お姉ちゃんと紫乃さんがお友達なので、その縁でお知り合いになりました」
そう言いながら、乃々は夏野菜カレーを口にする。彼女は社交的なだけでなく、周りにもよく気を配れる女の子なのだろう。
話すべきときは話して、話さなくていいときは紫乃が話せるように気を使う。もちろん紫乃が自分自身を変えたいから頑張っているというのもあるが、乃々のおかげでリラックス出来ているように見えた。
「そういえば、ごめんなさいね昨日は遅くまでお手伝いさせてしまって。せっかくのデートだったのに」
「ほんとほんと、お父さんには責任感じてもらわないと。恋人同士、一緒に花火見たかったでしょうに」
「あ、あの……!」
俯きながら、紫乃は先ほどよりもハッキリした声で言葉を挟む。朝陽はそんな彼女に若干の驚きを示し、出そうとした声が喉の奥へと引っ込んでしまった。
「紫乃と朝陽くんは、お付き合いしてませんので……!」
「え、そうなの朝陽?!」
今度は本当にびっくりしたというように、母が声を上げる。
「だから、初めからそう言ってるじゃん……」
「え、でも最近付き合い始めたんじゃないの?」
「付き合って、ないです……」
そう言って、紫乃はようやく顔を上げた。精一杯の笑顔を浮かべながら。その笑顔は朝陽にとって、どこか儚げなものに見えて、心がちくりと痛む。否定しなかったのは、自分がそうと認めてしまっていたからだった。
「朝陽くんには、他に好きな人がいますから。紫乃はそれを応援してあげてるんです」
紫乃が自分に向けている好意を自覚していないほど、朝陽は鈍感ではなかった。彼女は珠樹と同じ気持ちを、自分に対して抱いてくれている。もしかすると、それは珠樹以上の想いなのかもしれないが。
それなのに紫乃は自分の気持ちを諦めて、これから先の人生すらも諦めて、応援しようとしてくれていた。そんな彼女の決意に、朝陽は黙っていることなんて出来ない。
それは、珠樹が教えてくれたことだった。
誰かを好きになるというのは、そういうことなんだと。
「僕は、さっき乃々さんが説明してた、綾坂彩さんのことが好きなんだ。だから初めから全部、勘違いだったんだよ」
「朝陽さん……」
乃々が呟く。酷い人だと思われたのかもしれない。だけど、それでも朝陽は嘘をつくことは出来なかった。応援してくれると、言ってくれたから。
紫乃の方から、すんと鼻をすする音が聞こえる。そして小さな声で、声を震わせながら「ありがとね……」と呟いた。
「え、なになに! 綾坂彩ちゃんってどんな子! 乃々ちゃんに似てるの? 今度お姉ちゃんにも紹介してよ!」
朝美は場を盛り上げようとしたのだろう。静寂が訪れようとした昼食の場に、明るい空気が漂う。それを乃々は、すぐに拾ってくれた。
「お姉ちゃんは、乃々とは全然似ていませんよ。乃々が可愛い系だとしたら、お姉ちゃんは綺麗系ですので」
「あらあら、綾坂姉妹はとっても美人さんなのね」
「あはは、よく周りからそう言われます。でも朝美お姉さんも、とてもお綺麗ですよ」
「ええ、そんなことないってー! ねーお母さん!」
「そうねー紫乃ちゃんと乃々ちゃんの方が、朝美より百倍可愛いわね」
「えっ」
自分で振った話題なのにどこか釈然としていない朝美を見て、朝陽はくすりと笑う。紫乃も隣で笑顔を浮かべていて、朝美は複雑な表情になりながらも、安心したのかホッとしたように胸を撫で下ろしていた。
それからも、和やかに昼食の場が続く。
乃々のおかげもあり、紫乃と朝美の距離はぐっと縮まったようで、カレーを食べ終わる頃には、午後は何をして遊ぶかという話題を二人で交わしていた。そしてお皿を洗い終わってすぐに、紫乃は朝美に手を引かれ二階へと連れて行かれる。
戸惑いながらも、紫乃の表情には笑顔が浮かんでいた。
そういう心配をしていたが、それは杞憂に終わったようだ。
確かに彼女は、お世辞にも彩のように社交的には振舞えていない。しかし乃々に手助けされながらも、なんとか会話に混ざることが出来ていた。
「紫乃さんは、もしかしてピーマンが苦手なのですか?」
「あ、うん……実は、子どもの頃から苦手で……」
「あらー言ってくれれば夏野菜カレーじゃなくて、いつも通りの具材にしたのに」
「ごめんなさい……」
「紫乃ちゃんってば、そんなに謙遜しなくていいよーもう私たち、家族みたいなものなんだし!」
二人とも、紫乃の違和感には気付いているのだろう。昨日までの彼女とは、まるで別人のように違うのだから。それでも今まで通り接していられるのは、麻倉家の人間が他人に対してとても大らかだからだ。
リビングに入ってきた朝陽を紫乃が見つけると、張り詰めていた表情が少しだけやわらいだ。彼女が安心するようにと、朝陽はすぐ隣の席に腰を落ち着ける。
「ごめん。今日は一人分お昼ご飯が増えちゃって」
「あらあらいいのよー! お父さん今日はお仕事だし、可愛い子が増えるのはお母さん嬉しいから!」
「そういえば、乃々ちゃんって紫乃ちゃんの妹なの?」
「あ、いえ、乃々さんは紫乃の妹じゃありません……」
「乃々は、綾坂彩という方の妹ですよ。お姉ちゃんと紫乃さんがお友達なので、その縁でお知り合いになりました」
そう言いながら、乃々は夏野菜カレーを口にする。彼女は社交的なだけでなく、周りにもよく気を配れる女の子なのだろう。
話すべきときは話して、話さなくていいときは紫乃が話せるように気を使う。もちろん紫乃が自分自身を変えたいから頑張っているというのもあるが、乃々のおかげでリラックス出来ているように見えた。
「そういえば、ごめんなさいね昨日は遅くまでお手伝いさせてしまって。せっかくのデートだったのに」
「ほんとほんと、お父さんには責任感じてもらわないと。恋人同士、一緒に花火見たかったでしょうに」
「あ、あの……!」
俯きながら、紫乃は先ほどよりもハッキリした声で言葉を挟む。朝陽はそんな彼女に若干の驚きを示し、出そうとした声が喉の奥へと引っ込んでしまった。
「紫乃と朝陽くんは、お付き合いしてませんので……!」
「え、そうなの朝陽?!」
今度は本当にびっくりしたというように、母が声を上げる。
「だから、初めからそう言ってるじゃん……」
「え、でも最近付き合い始めたんじゃないの?」
「付き合って、ないです……」
そう言って、紫乃はようやく顔を上げた。精一杯の笑顔を浮かべながら。その笑顔は朝陽にとって、どこか儚げなものに見えて、心がちくりと痛む。否定しなかったのは、自分がそうと認めてしまっていたからだった。
「朝陽くんには、他に好きな人がいますから。紫乃はそれを応援してあげてるんです」
紫乃が自分に向けている好意を自覚していないほど、朝陽は鈍感ではなかった。彼女は珠樹と同じ気持ちを、自分に対して抱いてくれている。もしかすると、それは珠樹以上の想いなのかもしれないが。
それなのに紫乃は自分の気持ちを諦めて、これから先の人生すらも諦めて、応援しようとしてくれていた。そんな彼女の決意に、朝陽は黙っていることなんて出来ない。
それは、珠樹が教えてくれたことだった。
誰かを好きになるというのは、そういうことなんだと。
「僕は、さっき乃々さんが説明してた、綾坂彩さんのことが好きなんだ。だから初めから全部、勘違いだったんだよ」
「朝陽さん……」
乃々が呟く。酷い人だと思われたのかもしれない。だけど、それでも朝陽は嘘をつくことは出来なかった。応援してくれると、言ってくれたから。
紫乃の方から、すんと鼻をすする音が聞こえる。そして小さな声で、声を震わせながら「ありがとね……」と呟いた。
「え、なになに! 綾坂彩ちゃんってどんな子! 乃々ちゃんに似てるの? 今度お姉ちゃんにも紹介してよ!」
朝美は場を盛り上げようとしたのだろう。静寂が訪れようとした昼食の場に、明るい空気が漂う。それを乃々は、すぐに拾ってくれた。
「お姉ちゃんは、乃々とは全然似ていませんよ。乃々が可愛い系だとしたら、お姉ちゃんは綺麗系ですので」
「あらあら、綾坂姉妹はとっても美人さんなのね」
「あはは、よく周りからそう言われます。でも朝美お姉さんも、とてもお綺麗ですよ」
「ええ、そんなことないってー! ねーお母さん!」
「そうねー紫乃ちゃんと乃々ちゃんの方が、朝美より百倍可愛いわね」
「えっ」
自分で振った話題なのにどこか釈然としていない朝美を見て、朝陽はくすりと笑う。紫乃も隣で笑顔を浮かべていて、朝美は複雑な表情になりながらも、安心したのかホッとしたように胸を撫で下ろしていた。
それからも、和やかに昼食の場が続く。
乃々のおかげもあり、紫乃と朝美の距離はぐっと縮まったようで、カレーを食べ終わる頃には、午後は何をして遊ぶかという話題を二人で交わしていた。そしてお皿を洗い終わってすぐに、紫乃は朝美に手を引かれ二階へと連れて行かれる。
戸惑いながらも、紫乃の表情には笑顔が浮かんでいた。