こんなにも美しい世界で、また君に出会えたということ。
42.あの日の返事
 東雲家の眠っているお墓が見つかったのは、空に見える太陽が傾き始めた頃だった。探し出してくれたのは春樹の方で、霊園の場所とお墓の位置を電話で朝陽に伝えた。

 春樹はそのまま家に帰るらしい。どうやら気を使ってくれたようで、朝陽は何度も彼へお礼を言った。

 今は、霊園に向かうためのバスに揺られている。紫乃は落ち込んでいた顔から一転、憑き物が取れたかのような明るい表情を浮かべていた。

「そういえば、ちゃんと聞いておかなきゃいけないことを、思い出したの」
「聞いておかなきゃいけないこと?」
「朝陽くんって、本当に彩ちゃんのことが好きなの?」

 その突然の質問を予想できていなかった朝陽は、思わず驚きで咳き込んでしまう。そんな姿に紫乃はくすりと笑みを浮かべた。

「この前、あんなにハッキリ言い切ってたのに。やっぱり、恥ずかしい?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……ただ、びっくりして……」

 まさかこんなところで、その話を蒸し返されるとは思わなかったのだ。

「紫乃としては、ずっと朝陽くんに聞きたかったんだけどね」
「うん、ごめん……」
「謝ることなんてないよ」
 
 彼女はそう言うが、それでも朝陽は謝らなければいけない。朝陽は一度、紫乃に告白している。彩のことを好きだということは、それは勘違いで間違いだったと彼女に突きつけることになるのだから。

 紫乃の自分に対しての思いを、朝陽はしっかりと分かっているつもりだ。

「ちょっと悔しいけど……それが朝陽くんの選択だから……」
「ごめん、紫乃……」
「そういう時は、ごめんじゃなくて、いっそのことハッキリと言ってほしいかな。朝陽くんが、玉泉さんにそうしたように。少しでも可能性があると、紫乃はそれにすがっちゃうから」

 珠樹から忠告されたこと。優先すべきは彼女であり、好きな人であり、それは紫乃ではない。傷付けたくないとは思っていても、自分の気持ちが彼女に向いていないのであれば、傷付けないという選択肢を選ぶことはできないのだから。

「紫乃。僕は、彩さんのことが好きだよ」
「うん……」
「最初は一目惚れだった。だけどそれから彩さんの優しさを知って、危うさを知って、もっと惹かれていったんだ」
「うん……」
「だから僕は、彩さんのことが好きだ」
「うん……」

 彼女は相槌を打って、朝陽の言葉をただ聞き続ける。声はだんだんと萎んでいったが、だけど彼女が泣いたりすることはなかった。

「告白の返事、しなきゃいけないよね……」

 あの日、紫乃が先延ばしにした告白。どうして返事をしてくれなかったのか。告白をされて、彼女がどんな思いを抱いたのか。今の朝陽には痛いほど理解できた。

「紫乃は、朝陽くんのことも、彩ちゃんのことも大好きだから。だから二人が幸せなら、紫乃は嬉しい。あの気持ちは紫乃じゃなくて、彩ちゃんに伝えるべきもので、彩ちゃんが受け取るべきものだったよ。だから、紫乃は朝陽くんの気持ちは受け取れない……」

 勘違いと、間違いと、純粋な優しさが産んだ悲劇。その想いは空回りをして、大事な人をただ一方的に傷付けてしまった。

 いや、違う。

 彩のことを好きでい続けるには、紫乃のことを、珠樹のことを傷付け続けなければいけない。恋をするというのは、愛するというのはそういうことだ。

 誰かが幸せを掴む裏で、必ず誰かが不幸になる。そういう風に、世界は回っている。

 紫乃は、二人が幸せならそれでいいと言った。嬉しいとまで言って、祝福してくれる。だというのに、彼女の表情は先程からひどく落ち込んでいる。

 その理由を朝陽は訊くこともできなければ、慰めることもできない。

 バスはただ、目的地に向かって走り続けた。
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