松ヶ瀬高校失恋同盟 ー成功率ゼロパーセントの恋愛指南
手からずり落ちる重いノートの束をグイッと持ち直す。
鼻息荒くまた廊下を歩き出した、そのとき。


「...ふぅ」


こ...この静かに響き渡る低い溜息は、紛れもなく...あっ、蒼井センパイのものではないですか!
下降傾向にあったテンションが、急激にギュイインと上がっていくのがわかる。
日直最高。ビバ内宮。お前がクエストで大勝利を収めることを心から祈っておいてやろうじゃないか。

私はノートを右手で抱え、左手と耳を冷たい壁に押し当てて盗み聞きモードに入る。
ちょっと距離があるから正確な会話の内容は聞き取れないけど、どうやらまた彼女さんと一緒らしい。...まぁ仕方ないけどね!うん!


でも、せめてセンパイの姿を見たい。遠くからなら別に盗み見てもバチは当たらんだろう。
そう思った私は壁からひょこっと顔を出して...。





その瞬間、頭の中が真っ白になった。
世界の音が消えた。



蒼井センパイと彼女の寧々さんの影が被さっていた。

...きす。キス。
その出来事を理解するのに10秒程かかってしまった。

いやまぁそりゃね?付き合ってんだからそれぐらいするでしょ!普通。
わかってますよ、そこまで夢見てた...わけじゃ...。



あれぇ...なんか、視界が歪む...。
グラグラ、グラグラ、激しく脚が震えて、全身に力が入んない。

ノートを持つ手の感覚もなくなって落としてしまいそうになったけど、音で私が盗み見てることがバレてしまうのだけは嫌だ。...嫌だよ。
必死で手に力を込めて、震える足を動かす。
段々早足になって、いつの間にか私は駆け出していた。

パタパタ、靴が廊下を叩くひどく乾いた音が響いて。
生温い涙が頬を伝って零れ落ちて、色褪せた床でぱちぱち弾ける。

バーカ...なんで泣いてんのよ私。
センパイのこと見てるだけで、まだセンパイと何も始まってすらいない私に泣く資格なんてないのに。

ほら、自分でもよくわかってるじゃん。...もういい加減諦めなきゃ。





でも......。






「そんなこと......ふっ、うぐっ...っ、できたら...やってるよぉぉ......っ」


理屈じゃないんだ。

苦しくて心がぐちゃぐちゃで、叶わないってわかってて、それでもやっぱり好き。馬鹿みたいに大好き。
止められるわけない。止められるわけない!


「...今井?」

必死で涙を拭う私の鼓膜を、聞き慣れた声が揺らした。
肩を揺らして振り向くと、若干瞳をうるませた二宮が立っていた。

「にの、みや」
「どした?大丈夫、か」
「二宮こそ...目赤いけど」
「...お前ほどじゃねーよ。まぁ、いつものパターンっていうか?また相手に彼氏いました、秒で失恋しましたー」

おどけたように明るく言う二宮。
でもその口元は震えていて、...本気で辛いんだってことが伝わってきて。


そうだ...コイツだって、本気で恋してる。
惚れっぽい一目惚れ体質でもなんでも、二宮のひとつひとつの恋は、気持ちは、本物なんだ...。
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