恋が枯れるまえに、約束を
何度も何度もベランダから先輩だけを
指差して理沙に主張した。


それが伝わったのか、理沙は「ああ」
と言って応えた。


「2年生の先輩だね」


「な、名前は?!」


いつもの静けさとは豹変する様にぐいぐいくる
ものだから、理沙も驚いていた。


しかし、



「伊月(いつき)先輩だよ、
伊月 柊(しゅう)」



───……っ


先輩の名前を聞いた瞬間、
ドクンと心臓が跳ねた。


「あ、ああ…」


でもすぐに我に返る。


「伊月……先輩ね…」


急に高ぶった興奮が一気に
治まれば、元に戻った。


それどころか、少し沈んでいる様子に、
理沙は呆れた顔をした。


「何考えてるの?」


その問いにドキリとして、
少し顔が引きつった。


「……」


「伊お「分かってるよ」


理沙の言葉を遮って、私は握っていた
柵を離す。


「このくらいは……許して」


そう言いながら、私は彼から目線を外し、
ベランダを出た。


不意打ちに少し驚いただけ。



だって……、


「“彼と”同じ名前だけど、先輩は
彼じゃないでしょ?」


「…」


「やだなあ、分かってるよ」




彼はもう居ない事くらい────。

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