社内恋愛狂想曲
潤さんの中では、私とのことはすでになかったことになっているのかも知れない。

「今日から水曜まで出張です」

私が手短に答えると、潤さんは私の肩からバッグを取り上げた。

「大変だな。まだ時間あるし、駅まで送るよ」

そう言って潤さんは、超絶いい人の顔をした。

こんなときに優しくされたら泣いてしまいそうで、私は首を横に振る。

「いえ……大丈夫ですから……」

バッグを取り返そうとすると、潤さんは大きな手で、バッグの持ち手と一緒に私の手を握る。

その手はあたたかく、あまりにも優しかったので、私は何も言えなくなってしまう。

「遠慮しなくていいよ。すぐそこだし……」

「……すみません」

“なかったことにしてしまおうか”なんて言ったくせに、不意打ちで手を握るなんて、潤さんはずるい。

この手で素肌に触れられ抱きしめられたことを思い出して、もう一度私を抱きしめて欲しいと思ってしまうのに。

下を向いて黙ったまま潤さんの少し後ろを歩いていると、潤さんが急に振り返った。

「次の練習日は水曜なんだけど……水曜まで出張なら、さすがに練習に来るのは無理かなぁ……」

「そうですね……。練習の準備もしていないし、時間も間に合わないと思います」

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