正しい『玉の輿』の乗り方
それから5日ほどして、東吾が興信所の資料を持って副社長室に入ってきた。
「さすが東吾。仕事が早いな」
「まあな…おまえに変な虫がつかれちゃ、たまんないからな」
「変な虫って」
苦笑する俺に、東吾は黙って資料を見せてきた。
【綾乃菜子、24歳。フリーター。実家はアルミ製品の下請け工場を経営。年の離れた10歳の妹がいるが、心臓病を患い都内の病院に入院中。彼女自身は奨学金で大学を卒業し、あおば銀行に就職するが一年で退職。現在はアルバイトをしながら奨学金の返済をしているが、その暮らしぶりから金銭的に困窮している様子が伺える】
「ふーん。なるほどな。それで『玉の輿』って訳か」
彼女の言葉を思い出し、ひとり納得していると、東吾が心配そうに俺を見た。
「なあ……樹。もし綾野菜子の見合いがダメになればこっちに慰謝料を請求してくるんじゃないか? 変にスキャンダルにされたら大変なことになるぞ? 彩乃さんとの縁談に影響しないように、こっちも顧問弁護士
に相談して、早めに手を打たないと」
「いや………今のところ何も言ってこないし、もう少し様子を見るよ。向こうも上手くいったのかもしれないしな。それに……多少の慰謝料くらいは払ってもいいと思ってる。何だかんだ言っても俺の責任だしな」
「甘いな、樹は。おまえは女の怖さを分かってないんだよ。こういう金に困った女はな、たいてい愛人関係を迫られただとか言って平気で嘘をつくんだ………って、どこ行くんだよ、樹!」
立ち上がってコートを羽織る俺に東吾が問いかける。
「仕事もちょうど片付いたとこだし帰るんんだよ。ここしばらくろくに家にも帰れてないしな。ついでに親父のとこにも顔出してくるよ」
「そうか……。まあ、とにかく、綾乃菜子には気をつけろよ。おまえは彼女にとっていい金づるだってことを一瞬たりとも忘れるな!!」
東吾は俺の背中に向かって釘を刺す。
「はいはい。気をつけますよ」
俺は左手を軽く上げながら副社長室を出たのだった。