正しい『玉の輿』の乗り方
「でも私……銀行辞めてから全然就職できないんですよね。どうも人事部長だった元上司に裏で嫌がらせされてるみたいで。一度だけ派遣会社の面接に受かったことがあるんですけど、『君は手癖が悪いんだってね』って、あとから連絡がきて結局落とされましたし」
「は? 何だそれ。なんかあったのか? その元上司と」
「実は私、その上司からセクハラを受けていて組合に訴えようとしてたんです。でも、その前にその上司から仕事のミスを押しつけられてしまって、退職せざるを得ない状況に追い込まれたんです」
「ひどい話だな」
「はい。なので就活しても無理なんです」
「いや、俺の専属秘書になれって言おうとしたんだよ。その方が俺も紹介しやすいし何かと都合がいいだろ? ちょうどこっちも秘書が産休で抜けたところだしな。まあ、菜子が『玉の輿』に乗るまでの期間限定だけど、給料も出すからやってみないか?」
「えっ、私が樹さんの秘書に……ですか?」
「嫌なのか?」
「いえ……凄くありがたい話ですけど、経験もない私が秘書なんて務まるでしょうか。秘書検だって持ってないし、語学も得意な方じゃないですよ?」
樹さんに迷惑をかけたくないという気持ちから、思わずネガティブな言葉が口から出てしまう。
そんな不安げな私を見て樹さんがふっと微笑んだ。
「安心しろ。おまえに頼むのはコピーかお茶出しくらいにしといてやるから」
「え……コピーかお茶出し?」
「それならいいだろ?」
「そう……ですね」
それでお給料だけ貰うのも申し訳ない気もするけれど、
「分かりました。お言葉に甘えます」
私は覚悟は決めてペコリと頭を下げた。
「おう。宜しくな。それと、仕事用のスーツも買ってこいよ。どうせ安っぽいリクルートスーツくらいしか持ってないんだろ?」
『安っぽい』は余計だけれど図星だ。
当時の通勤着はみんな売ってしまって残っていない。
「でも……さすがにそこまでして頂く訳には」
「『玉の輿』を狙う女がずいぶん謙虚だよな。でもこれは上司命令だから」
樹さんはそう言って私に微笑んだ。
確かに、秘書の私がキチンとした格好をしなければ、樹さんにも恥をかかせてしまうかもしれない。
「分かりました。では、そうさせてもらいます」
「よし。じゃあ、そういうことで。月曜から宜しく頼むな」
樹さんは満足げな顔で笑っていた。