正しい『玉の輿』の乗り方
4 上司と部下
そして、週明けの月曜日。
私はブランドのスーツに身を包み、樹さんの会社へと向かった。
都内の一等地に本社を構える宮内製薬は、以前私が勤めていた『あおば銀行』の本社ビルのすぐそばにあった。
ガラス張りのエントランスをくぐり抜け、副社長室のある7階へと向かう。
「綾野菜子さんですね」
エレベーターを降りた私に、銀縁の眼鏡をかけた男性が声をかけてきた。
「社長秘書の中谷です。副社長室までご案内します」
ちょっと神経質そうな彼は無表情のままそう言うと、私の前にスッと出て足早に廊下を歩き出した。
慌てて彼の背中を追いかける。
「あの、中谷さん。色々とご指導お願いします! 実は、樹さんからはコピーとお茶くみでいいと言われているんですが、少しでもお約に立てるように秘書の仕事を覚えたいなと思いまして。なので」
「必要ありませんから」
冷たくひと言で返された。
「え………」
「余計なことはしなくて結構です。それと、副社長のことを名前で呼ぶのもやめて下さい。変な噂でも立ったら困りますから」
「す………すみません」
確かに上司を名前呼びしてしまった私が悪い。
気まずい空気のまま、中谷さんと廊下を歩いた。
ようやく副社長室の前に着いて、中谷さんがドアをノックすると、中から樹さんが顔を出した。
ちょうど電話中だったようで、耳にスマホを当てている。
樹さんは私の腕を掴んで部屋に入れると、中谷さんのことはそのまま帰した。
樹さんは電話を続けながら、私を更に奥の部屋へと連れて行き、ソファーにすわらせた。