正しい『玉の輿』の乗り方
「いえ。お給料を頂くんですから、ちゃんと働きます」
私は立ち上がり、先ほど通って来た小部屋のドアを開けた。
そこには受付兼用のデスクがあり、パソコンが一台置かれていた。
「雑用くらいならできると思います。私にも仕事を教えてもらえませんか?」
中谷さんには必要ないと言われてしまったけど、やっぱりただ同然でお給料を貰うのは気が引ける。
「おまえ、ほんと律儀だよな。分かったよ。じゃあ、ここに座って。とりあえずスケジュール管理から教えるから」
樹さんは優しく表情を崩してパソコンの前に立った。
「はい。よろしくお願いします。副……社長」
ぎこちなくそう呼ぶと、樹さんが苦笑した。
「副社長か…。なんかおまえに呼ばれるとむず痒いな」
「でも、中谷さんからも言われてるんです。副社長と呼ぶようにと」
「東吾が? よく言うよな。あいつこそ俺を名前で呼びつけにしてるくせに」
樹さんはそう言って笑う。
「そうなんですか?」
「そう。あいつとは学生の頃からの腐れ縁でさ。まあ、さすがに社長や取引先の前じゃ言わないけど、二人きりの時なんて容赦なく『おまえ』っていうしな。だから、いいよ。菜子も二人きりの時は『副社長』なんて呼ばなくて」
「分かりました。樹さんがそう言うならそうします」
私は頷いて、再びパソコンへと視線を戻した。
「とりあえず、これが俺のスケジュール管理の画面な。取引先からパーティーや会食の依頼が来たら青字で書き込んどいて。あとで俺が確認して決めるから」
「はい」
見れば、そこには先の予定までビッシリと埋まっている。
【1月10日11時~結納 16時~婚約披露パーティー】
そんな黒字の文字を見つけてしまった。
そうか。
確か来月って言ってたっけ。
私の誕生日の翌日だ。
嫌だな。
何だか急に胸の辺りが重くなった。
ちょっと複雑な気持ちで画面を見つめていると、樹さんが口を開いた。
「今日は菜子の歓迎会を開いてやるからな。7時にはここを出るぞ」
「えっ? 私の歓迎会!?」
何だか申し訳ない気もするけれど、せっかく企画してくれたのだから。
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
私は笑顔でそう答えた。