正しい『玉の輿』の乗り方
「うわっ、どうしてこんなところについちゃうんだろう」
化粧室の鏡を見ながら、髪についていたキャビアを取り除く。
私はどうやら、ごちそうを前にすると日頃の反動が出てしまうらしい。
「ほんと恥ずかしい。気をつけなくちゃ」
そんな独り言を呟きながら廊下へ出ると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「よお、久しぶりだな。綾野菜子」
「えっ?」っと振り向いた先に、かつての上司が立っていた。
「や、柳下部長!?」
忘れもしない、この爬虫類のような顔。
セクハラをした挙げ句、ミスを押しつけて私を退社へと追い込んだ男だ。
結婚式に出席していたのか、引き出物の袋を手にし、アルコールの匂いをプンプンさせている。
「おまえ、こんなところで何やってるんだ? 金持ちの男でも漁りに来たのか? ん?」
柳下部長がニヤリと笑う。
相変わらず最低な男だった。
「別に…」と素っ気なく返すと、柳下部長は鼻息を荒げながら私に顔を寄せてきた。
「あのな~俺は心配してやってるんだよ。おまえ、どうせ金に困ってるんだろ? なんなら俺が愛人にでもしてやろうか?」
「けっこうです!」
彼の体を思いきり押しのけて、その場から逃げようとしたのだけど、「待てよ」と肩に手を回された。
「なあ、今晩5万でどうだ?」
しつこく迫ってくる柳下部長にゾワッと鳥肌が立つ。
「いい加減にして下さい! はなして下さい!」
「仕事だって世話してやるからさ。悪い話じゃないだろ? な?」
柳下部長がそんな最低な言葉を口にした時だった。
「ほんとに、どうしょもないクズだな!」
後ろから樹さんの声がした。
そして、次の瞬間。
「イテテテ」
ホテルの廊下に柳下部長の悲鳴が上がる。
樹さんが柳下部長の手を捻り上げたのだ。
「な……何をするんだ! 痛いじゃないか」
柳下部長は腕を擦りながら、樹さんを見上げる。