正しい『玉の輿』の乗り方
「彩乃さん。ここじゃ目立つので場所変えましょうか」
「あ、それなら」
彩乃さんはホテルのルームキーを出し、少し照れながら樹さんに見せた。
「実はさっき部屋を取ったんです。今夜は樹さんと二人で過ごしたかったから」
彩乃さんは意外と積極的だった。
そして、そんな彩乃さんに樹さんの方も満更でもない様子。
「分かりました。1011号室ですね。すぐに後から行くので先に部屋で待っていて下さい」
樹さんはそんな約束を交わして、彩乃さんを送り出したのだった。
「ふーん。ずいぶんとデレデレしちゃって」
思わず心の声が出てしまった。
「は?」
「あ……いえ、何でもないです」
振り向いた樹さんに私は慌てて首を振る。
「とりあえず、私は帰った方が良さそうですね」
「あ~………そうだよな。ごめんな」
「いえ…………じゃあ、ここで」
半分いじけながら背中を向けると、樹さんが「ちょっと待て」と引き止めた。
「東吾に送らせるよ。あいつ、近くにいるみたいだから」
スマホを手にしながら樹さんが言う。
「いいですよ。まだ9時前ですし、一人で電車で帰れますから」
「いや。そんな格好だし、俺が心配だから」
そんな風に心配されてもちっとも嬉しくない。
寧ろ樹さんへのイライラが膨らんでいく。
「ん? どうした? 難しい顔して」
「別に……もとからこういう顔ですけど」
ダメだ。
もうひねくれた言葉しか出てこない。
無言のまま俯いていると、樹さんが私の頭に手を乗せて顔を覗き込んできた。
「とにかく、東吾には菜子を迎えに来るように伝えてあるから。あいつから連絡くるまではホテルで待ってろ。な?」
「………はい」
私が大人しく頷いたのは、一刻も早くこの場を去りたかったからだ。
そんな事を知る由もない樹さんは、ほっとした顔で笑っていた。